第9話 今後の計画
今日は遺物収集をする予定だった。
月盾としては、また第二層にある拠点で食事をしたり入浴したりしたかった。
しかし、今はまだ探索士協会に夷狄との関係を疑われているだろうから贅沢は諦める。
都市から支給されて、毎日持ち歩いている携帯端末は常に位置情報を帝錦都市に送信していた。
それは月盾の現在地を小建支部が追跡できる事実を意味していた。
行動が監視されているならば、拠点で過ごすのは諦めるしかない。
しかし、黄金姫は拠点に来るように言った。
携帯端末を見ると、第一層の地図と地下鉄までの移動経路が表示されている。
「大丈夫なの?」と月盾は心配になって尋ねた。「ぼくの携帯端末は支給品だから、位置情報は都市に見られているけど」
「偽装しているわ」
黄金姫は即答した。
「偽装」という言葉の意味が分からなかったので、月盾は契約した時のように黄金姫に質問した。
「偽装というのは何?」
「月盾の実際の位置情報と、相手が把握している位置情報を滅茶苦茶にするの。情報機器は必ず情報空間に接続して使用されるから、情報空間を流れる情報を改竄すれば帝錦都市も探索士協会も誤った情報しか入手できない。現在、月盾は別の場所を探索している事になっているわ。そもそも、偽装していなかったら月盾と私が契約を結ぶのに費やした十日間で企みが露見していたはずでしょう。携帯端末は位置情報だけではなくて、周辺の音声と映像も拾っているわ」
「確かにそうだ」と月盾は納得した。
「探索士協会も月盾が行方不明になった時に位置情報を確認したはずよ。しかし、送信されてくる位置情報は第一層。しかも、昼も夜も移動しているので、彼等も情報は偽装されていると諦めたはずだわ」
月盾は状況を理解しようとした。
黄金姫は続けた。
「これでも、私は白薔薇遺跡で高い権限を与えられているの。だから遺跡に配置されている監視装置を利用して、月盾の周辺状況も完全に把握しているわ。周囲には他の探索士もいなければ尾行もない。探索士協会の人工知能も月盾を完全に見失っている。心配せずに拠点に来なさい」
回転翼の音が聞こえた。
月盾は黄金姫に尋ねた。
「小型無人機を警戒する必要はある?」
「あるわ」と黄金姫は答えた。「警備車両にも注意して。白薔薇遺跡は私達の味方ではない前提で行動するのよ」
月盾は地図を見ながら第一層を移動した。
携帯端末には、移動経路だけではなくて小型無人機と警備車両の位置、他の探索士の位置まで表示されていた。
紫虎派の位置も表示されていて気になったが、今は拠点に向かう事に集中する。
小型無人機と警備車両を避けながら地下鉄で移動した。
第二層に到着すると、迎えの狼型兵器がいて、彼等に護衛されながら黄金姫の拠点まで歩いた。
第二層は安全らしい。
途中で、不機嫌な顔をした狼型兵器と擦れ違い、月盾は警戒したが、相手は黄金姫の仲間を視界に入れるのも嫌だと顔を逸らしただけだった。
危害を加えてくる気配はない。
目も緑のままで、敵ではあるが攻撃対象にはされていない。
月盾は本棚の奥にある階段を下りて拠点に到着した。
拠点の玄関に設置されている荷物置きに背負い鞄を置いて椅子に座ると、黄金姫が紅茶を淹れてくれた。
拠点は貧困街にある自分の家よりも安全な場所である。
黄金姫は月盾の正面に座ると、白薔薇遺跡第一層の地図を食卓に広げた。
「さて、今後の計画を立てましょう」と黄金姫は言った。「しかし、その前に月盾に残念な報告があります」
月盾は不安になった。
黄金姫は続けた。
「私の計画では月盾に強力な夷狄兵器を提供して、最強の夷狄兵器で遺跡を荒らして月盾を務級探索士にする予定でした。周辺の遺跡を全部破壊して英雄になる。それが私の当初の予定だったのだけど、血も涙もない白薔薇は駄目だと怒って、私が用意していた夷狄兵器の使用を禁止したのよ。しかも遺物の盗掘を行うと、敵対勢力と見做して月盾を攻撃するとまで言うの。地球文明保護法に基づいて、白薔薇都市に所属している地球文明防衛兵器に盗掘者への攻撃を許可するだって。ひどいと思わない?」
「普通だと思う」
月盾は黄金姫の発想に衝撃を受けていた。
もし夷狄世界に人間世界と同じ諜報行為防止法が存在していたら彼女は死刑である。
遺跡を守る夷狄でありながら、個人の目的を達成するために仲間の遺跡を破壊する。
控えめに表現しても反逆者、率直に表現すれば常識が破綻した異常者である。
「月盾を積極的に攻撃する事はしないけど、同時に普通の探索士として特別扱いしないというのが白薔薇の方針なのよ。月盾のために最強の夷狄軍団を用意していたけど、残念だけど諦めるしかないわ」
「ぼくは務級探索士になれるの?」
月盾が心配になって尋ねると、黄金姫は答えた。
「私は約束は守るわ。月盾が二十歳になるまで、つまり五年以内に月盾を絶対に務級探索士にしてみせます」
「ありがとう」と月盾は疑わしげに言った。
「だから、月盾にはできるだけ私の指示に従って欲しいの。私は上位の夷狄だから、月盾が望むならば望む未来を提供できるわ。そして、ただ一つの約束だけは絶対に忘れないで欲しい。それは死なない事。正直に告白します。死は絶対的な要因で、夷狄の科学力でも死者を甦らせるのは不可能です。死んだら月盾は終わり。上位の夷狄である私といえども月盾が死んでしまえば約束を守る事はできないわ。逆に言えば、死以外の要因に関してはどうにかなる」
黄金姫の気迫に押されて、月盾は素直に頷いた。
「分かった。約束する」
黄金姫は微笑んだ。
「ありがとう、月盾。それでは作戦を考えましょう。先ほど、私は白薔薇は月盾を特別扱いしないと言ったけど、それでも私の契約者としての特典はあるの。一つ目は私に与えられた権限の及ぶ範囲で、私は月盾を完全に支援できる。例えば、私に使用権がある狼型兵器は自由に利用できるし、白薔薇が私に夷狄兵器の使用許可を出せば、許可された夷狄兵器も戦力として使用できる」
「つまり、三十体の狼型兵器は仲間として考えても良い?」
月盾が確認すると、黄金姫は頷いた。
「その通りよ。狙撃用歩行戦車、狙撃舎知も使用できるわ。何よりも高性能な私の頭脳も活用できるので月盾の未来は明るいわ」
狙撃用歩行戦車と聞いて、月盾は機巨組が運用していた遠隔操縦人機が破壊された光景を思い出した。
一撃で機械人形を破壊できるだけの攻撃力。
あれほどの攻撃力が味方として存在するのであれば安心である。
遺跡探索も楽になると心が弾んだ。
黄金姫の高性能な頭脳に関しては控えめに期待する。
正直、先ほどの夷狄軍団の話を聞いて黄金姫の性格に疑問を抱いていた。
彼女は非常に優秀なのかもしれないが、普通の感性が欠落しているのは間違いない。
「二つ目の特典は第二層を自由に移動できる自由通行権ね。それに、もちろん私に与えられている拠点の使用許可も出ているわ。ただし、二つの目の特典には条件があるの。それは第二層にある遺物を外部に持ち出さない事。白薔薇との約束だから、月盾は第二層にある物は草一本に石一つも持ち帰っては駄目よ。ただ、拠点にある私の私有財産は持ち出し自由だから食料や水は気にしなくても良いわ。拠点で調理された焼き菓子を帝錦都市に持ち帰るのは許されている」
「了解した」
月盾は状況を把握した。
「これが私達の現在の状況よ。まあ、残念だけど悪くはないわ」
「ぼくは夷狄兵器には期待していない」と月盾は言った。「そもそも、夷狄兵器で武装していたらぼくは絶対に疑われるね。悪の力を使う者は悪。夷狄を指揮していたらぼくは夷狄の仲間だと思われる」
黄金姫は不機嫌になった。
そして、食卓に置かれた月盾の拳銃を見た。
「言っておくけど、月盾が持っている拳銃も夷狄兵器だからね」
「そうなの?」と月盾は眉をひそめた。
「五式拳銃ね。人形型兵器が装備している拳銃を、備臣重工社が改造して耐久備拳銃として販売しているのよ」
月盾は驚いて自分の拳銃を見た。
黄金姫は悪戯な笑みを浮かべた。
「だから月盾は私の支援を恐れる必要も恥じる必要もないの。だって、すでに皆がやっている事ですからね」
「分かった」
月盾が納得すると、黄金姫は地図に視線を落とした。
「さて、これから私達は白薔薇遺跡の第一層で遺物を収集します。第一層は地球文明保護法による自由探索領域に指定されているので、元気良く遺物を収集するわよ。白薔薇も文句は言えないわ」
「自由探索領域?」と月盾は質問した。
「自由探索領域とは設備に損害を与えない宇宙人類の入場と、彼等の自由行動を許可しても許される領域よ」と黄金姫は答えた。「展示されている衣服や食器、電気器具は備品に含まれないから自由に持ち帰ることができるわ。十九歳以下という年齢制限があるけど月盾は問題ないわね」
月盾は疑問に思った。
「質問だけど、どうして夷狄世界には自由探索領域があるの? 夷狄に何か利益があるようには思えないけど」
「夷狄には、つまり地球文明の保守を目的とした人工知能群には、宇宙からの侵略者から地球を守る義務があるの。だから本来は遺跡、要するに地球都市に侵入して破壊活動や強盗を行う侵略者は排除しなければならないのよ。でも、侵略者で宇宙人類とはいえ、本来は人工知能が奉仕する人類の一員でしょう。だから、未成年を対象に限り彼等を支援して攻撃しない権利も与えられているの。白薔薇はその権利を行使して、第一層を自由探索領域に指定したのよ」
月盾は黄金姫の説明が難しくて理解できなかったが、白薔薇遺跡の第一層が不活発なのには理由がある事だけは分かった。
黄金姫は太い赤筆を取り出すと、地図の合計八カ所に丸印を付けた。
「自由探索領域においては、展示されている遺物は人類への贈呈品です。そして、同じ贈呈品でも価値がある物と価値がない物があるわ。交換価値は人類の社会的に必要とされる労働時間により決まるので、人類が生産するのに費用がかかる遺物を集中して収集すれば高値で販売できるわ」
「つまり、丸印が付いた場所の遺物を収集すれば良いの?」
「そうよ」と黄金姫は頷いた。「憎き紫虎の家来、蜂蜜型諜報員は月盾に一日一万三千紅銭を約束していたけど私は十万紅銭を確約するわ。そして、遺物収集でお金を貯めてから武器を購入するのよ」
黄金姫が指を鳴らすと、食卓の上に立体映像が現れた。
現れたのは、貧困街の探索士に人気がある突撃銃だった。
「おお、火村突撃銃だ」
「そうよ」と黄金姫が立体映像を回した。「村連武器社が開発した突撃銃で、半火弾薬を使用する事ができるわ」
「火村突撃銃も夷狄兵器なの」
月盾が尋ねると、黄金姫は首を振った。
「残念だけど違うわ。純粋な人類兵器で、だから性能は控えめよ」
「そうなんだ」と月盾は喜ぶべきか落胆するべきか迷った。
「でもでも、拳銃弾薬しか使用できない耐久備拳銃とは違って、火村突撃銃が中間弾薬を使用できる事実は重要よ。なぜなら、夷狄を撃破できるから。耐久備拳銃で狼型兵器を倒すのは絶対に無理で、警備車両を相手にするのも危険だけど、火村突撃銃を装備していれば狼型兵器を撃破するのは難しくはないわ。拳銃は人間相手の護身用だけど突撃銃は夷狄を倒す武器なのよ。そして、安価。衝撃の八万三千紅銭で購入できます。貧しい進級探索士の味方です」
黄金姫は立体映像を楽しそうに回した。
月盾は回る立体映像を見つめた。
「目標が決まったら行動よ」と黄金姫は立ち上がった。「今日一日で可能な限り目的地を回って遺物を収集するのよ」
月盾は立ち上がると、防弾服を着て拳銃を装備した。
そして、鞄を背負い黄金姫から見送られて拠点を出た。
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