第16話 第四層の訓練場

 鱗蛇と共に朝食を取ると、食糧配給所で弁当を受け取り、それから大型乗合車で月盾は白薔薇遺跡に向かった。


 火村突撃銃を担いでいて、気分は最高だった。


 大型乗合車に今日も紫虎と彼女の徒党はいなかった。


 白薔薇遺跡に到着すると、黄金姫の誘導に従い第二層の拠点まで走って移動した。


 拠点に到着すると、黄金姫に火村突撃銃を渡した。


 黄金姫は火村突撃銃を分析して間違いなく正規品であると確認した。


 模造品であったとしても満足だった月盾は火村突撃銃を返して貰うと、飢えた狼のような興奮した目で何かを撃たせて欲しいと訴えた。





 黄金姫が答えようとすると、呼び鈴が鳴った。


 誰も来るはずがない拠点に誰かが訪ねてきたので月盾は警戒した。


 拠点の扉が開いて、清楚可憐な美少女が現れた。


 黄金姫と同じ一六〇センチ程度の身長で、外見年齢は十五歳。

 黒髪黒瞳で白い正装服を着ていた。


 黄金姫が日頃から身に付けている衣服は、白い絹布に金の刺繍が施されている絢爛豪華な正装服である。


 対照に、現れた美少女が着ていたのは白一色、純白の正装服で、同じく絹特有の光沢があるが清楚な意匠だった。


 黒髪には白い薔薇の髪飾りが挿してある。


 月光を思わせる少女である。





 初対面ではなかった。


 彼女は、以前、黄金姫と契約を結んでいた時に拠点を訪ねてきたが追い返された少女人形である。


 不機嫌な顔をしていて、月盾の予想では、どうやら黄金姫に面倒を頼まれてしまったようだった。


 少女は月盾に軽く会釈をすると、拠点の中に許可なく入ってきた。


「来たわね。名前は何だったかしら? 思い出したわ、白雪」


 白雪と呼ばれた夷狄は、黄金姫を睨んだ。


 そして、月盾に挨拶した。


「初めまして。いえ、月盾様に会うのは二回目ですね。私は白薔薇遺跡の夷狄、今後は白雪とお呼びください。よろしくお願い致します」


 月盾も慌てて自己紹介をした。


「進広四級探索士の月盾です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 白雪を客用の椅子に座らせて、黄金姫は紅茶を淹れた。


 白雪は紅茶を飲んだ。


 黄金姫と同じように飲食可能な遠隔操縦人機のようだ。


 黄金姫は着席した二人に微笑み、今日の予定を説明した。



「それでは今日の予定を発表します。今日は第四層に行って、とても広い射撃訓練場で訓練をして貰います」


 火村突撃銃で撃てると思って、月盾は興奮した。


「しかし、その前に、責任者である白雪を相手に、月盾は大規模軍事訓練場の利用申請を行う必要があります」と黄金姫は二人を交互に見た。「というわけで、今から月盾は書類に署名して頂きます」


 白雪が食卓に契約書類を表示させた。


 契約書は表に「軍事訓練場試験調査依頼」と書かれていて、次の頁からは拘束期間は五年間、時給は三千八百地球銭、五年間で合計四千時間以上の利用を義務付けるという内容が明記されている。


 利用時間に制限はなく、また就業時間は自由に選択できると白雪は説明した。


 夜も利用可能で、質問すると施設内で何日も暮らして良いらしい。


 業務達成のために軍事訓練場に限り月盾の第四層への入場が許可されていて、また軍事訓練場の施設は報告すれば全て自由に利用できた。


 備品も外部に持ち出さない限りは自由に使用できる。


 白雪による説明が続いたが、月盾には内容の意図が分からなかった。


「ぼくは訓練場を利用させて貰うの? それとも仕事をするの?」


 月盾が質問して、白雪が答えようとすると黄金姫が遮った。


「月盾が訓練場を利用するためには、地球の通貨が必要なのよ。でも、月盾は一銭も地球の通貨を保有していないでしょう。それで私は考えたのだけど、試験という名目で月盾に訓練場を利用して貰うの。白薔薇女王が月盾に軍事訓練場の試験を依頼すれば、ほら月盾は軍事訓練場を自由に利用できるでしょう。しかも地球の通貨まで手に入るから完璧な作戦という訳よ」


 月盾は白雪を見た。


 そして、尋ねた。


「そうなの?」


「完璧な作戦であるとは認めたくないですが、意図は黄金姫が言った通りです」と不満を露わに白雪は答えた。「お金を払って働けだとか、これほどの理不尽を経験したのは生まれて初めてです」


 心配そうな顔をした月盾に、黄金姫が笑顔で言った。


「大丈夫よ、気にしないで」





 依頼書に署名して、月盾、黄金姫、白雪の三人は拠点から外に出た。


 二つの回転翼がある大型螺旋翼機が着陸していて、月盾達は搭乗した。


 空を飛ぶ乗り物を利用した経験が一度もない月盾は、加速度を感じると恐怖で震えた。


 しかし、窓から白薔薇遺跡を見ていると楽しくなり空の旅に夢中になった。


 第三層を超えて、第四層の大規模軍事訓練場に螺旋翼機は着陸した。


 火村突撃銃を担いで、月盾は屋上にある離着陸場から五階建ての巨大建造物に入場した。





 控え室に入ると、黄金姫は月盾に演習弾薬の箱を渡した。


「月盾、良く聞いて。これから三年間、少なくとも追級探索士になるまでは毎日を訓練と勉強に費やします。私は分かってしまったのだけど、今の月盾の学力では務級探索士など絶対に不可能です。だって、字が読めないもの。務級探索士に必要とされる学力は高等教育受験資格の水準。

 現在、十五歳で四則演算も標準語の読み書きも怪しいのに、これから微分積分と十九世紀独語まで習得しないといけないわ。普通に考えると絶望だけど、しかし人間工学に基づいた完璧な教育課程により不可能を可能にするのよ。大丈夫、頑張れば必ず成功するわ」


 月盾はやる気を出した。


「分かった。頑張る」


「そうよ、頑張るのよ月盾」と黄金姫は励ました。「骨を切するが如く磋するが如く、玉を琢するが如く磨するが如く、月盾は勉強するのよ。でも、今日は射撃訓練ね。現在の月盾の戦闘力では学力を手に入れる前に死にます。まずは貧困街で不良と戦えるだけの武を手に入れないと」


 第四層の大規模軍事訓練場には七つの訓練場があった。


 第一訓練場は市街戦が想定されている訓練場であり、広さは四十万平方メートル、高層建築と道路、池、川と川に架けられている橋に、飛行場に港まで実践で遭遇する環境が網羅されていた。


 建造物は表面が微少機械で覆われているので、銃撃で壊れても自動修復する。


 天井があり密閉されている場所だったが、雨を降らせたり雪を降らせたり出来て、また温度も六十度からマイナス六十度まで調整できるらしい。


 要するに、地球の遺跡で遭遇するあらゆる環境を想定して訓練できる場所である。

 

 月盾が防弾服と火村突撃銃、拳銃と水筒を装備して訓練場に行くと、五十体の遠隔操縦人機が並んで待っていた。


 遠隔操縦人機は男性と女性の割合が同じで、年齢は七十歳代前後の老人から十歳の子供まで含まれている。


 写実型の遠隔操縦人機であり、外見からは人間と見分けられない。



 指揮者と思われる、迷彩服を着た男性が月盾の正面で敬礼した。


「わたくしは白薔薇遺跡の第四層、第十四部隊に所属する戦闘鬼大奈麻です。戦闘鬼大佐とお呼びください」と男性は大きな声で言った。「偉大なる女王の命令により、月盾少年を最強の兵士に鍛え上げると誓います」


 月盾は大きな声に怯えたが、直ぐに興奮して大声で答えた。


「帝錦都市小建、進広四級探索士の月盾です。よろしくお願いします」


 探索士は探索士という独自の等級制度で活動しているために、自己紹介をする時には七色二十六階法による階位を名乗らない。


 そのため、探索士諸帝王十二階諸将兵四十八階等級法で定められた等級の「進広四級探索士」だけを相手に伝えて、「帝錦都市小建」を最初に加えるのは作法に反していた。


 しかし、戦闘鬼が白薔薇遺跡の第四層と所属地を名乗ったので、緊張していた月盾は思わず自分の所属都市と階位を自己紹介に付け加えてしまったのである。



 しかし、戦闘鬼は夷狄である。


 しかも諜報部隊とは異なり植民者の礼儀作法には詳しくないので、月盾を礼儀正しい少年だと好感を抱いた。


 しかも、「小建」とは第一層という意味だと解釈していて、進広四級とは新兵という意味だと理解していたので、月盾を人間世界の哀れな貧賤だとは思わなかった。


 第一層は職場であり、新兵とは被差別階級ではなくて入隊直後という意味でしかない。


 さらに、夷狄世界はそもそも社会階層に基づいた差別など存在しない。



 戦闘鬼にとっては、月盾は外交官だった。


 しかも、第四層への入場が許可されているという白薔薇女王から特別扱いされている存在である。


 そのため、戦闘鬼と彼の部下は最初から月盾に友好だった。



「偉大なる女王からは、探索士月盾は白薔薇遺跡の第四層、大規模軍事訓練場の試験運用に協力する労働者であると聞いている。間違いないか?」


 無料大浴場で放送されていた戦争映画の将兵を思い出しながら、月盾は戦闘鬼の質問に大声で答えた。


「間違いありません」


「それでは早速、訓練の説明を始めよう」


 最初は射撃訓練である。


 部下が二十メートル先に赤丸が描かれた目標を立てて、それを月盾が演習弾薬を装填した火村突撃銃で撃つ。


 姿勢を何度も矯正されて、月盾は黙々と訓練を続けた。


 射撃統制照準器が緑になった瞬間に引き金を引けば命中する。

 しかし、反動で姿勢が崩れたり、そもそも姿勢が安定していないので目標に命中しない。


 銃身が揺れ動いているので緑の明かりが点いたり消えたりを繰り返す。


 実際、銃弾がないので月盾は拳銃すら数回しか撃った経験がなかった。


 至近距離とはいえ、黄金姫の額を銃撃できたのは偶然である。


 しかし、月盾の成長は早かった。


 一時間で姿勢が安定して、五十メートル先の目標を撃ち抜いた。


 有効射程距離は五百メートルで、まだ十分の一だが、才能があると戦闘鬼は褒めた。





 午後は逃走する訓練で、夷狄部隊から逃げながら目的地に走った。


 逃走訓練は黄金姫の支援が含まれていて、通信機を通して黄金姫の指示が届く。


 右の道に入れとか、三発だけ左の建物に威嚇射撃をしろとか細かい指示が銃から聞こえた。


 戦闘鬼部隊が使用しているのは先端が柔らかい樹脂弾なので、命中しても安全である。


 衝撃すら防弾服に防がれるので痛くはなかった。


 しかし、銃撃されないための訓練なので、月盾は銃撃されないように真剣に逃げた。


 最後に再び射撃訓練をして、今日は終了である。


 戦闘鬼は月盾を鍛えるのが楽しいようで上機嫌だった。


 黄金姫が汗を拭くための布を渡すと、戦闘鬼は月盾の肩を強く掴んで言った。


「月盾二等兵、貴殿を最強の人類にしてみせます」





 それからは単調な日々が続いた。


 二週間に一度だけ遺跡探索をして、他は勉強と訓練で一日が終了する。


 宿で目覚めて、朝食を食べて、大型乗合車で白薔薇遺跡に行くと第二層から第四層の大規模軍事訓練場まで螺旋翼機で飛ぶ。


 訓練場に到着したら十二時まで昇級試験の勉強して、十二時になると黄金姫と白雪と共に食堂で昼食を食べる。


 週に四日は午後から軍事訓練に参加して、三日は再び昇級試験の勉強。


 そして、十六時になると螺旋翼機で第二層の拠点に戻って、背負い鞄に遺物を詰めて、帝錦都市に戻り遺物を売って宿で勉強して熟睡する。





 昼食の記録が残らないと都市に疑われるので、毎日、月盾は食糧配給所で必ず弁当を受け取るようにしていた。


 弁当は夷狄達が食べているようで、朝、訓練場で黄金姫に弁当を渡すと夕方には空の弁当箱が返却される。


 弁当箱を食糧配給所に返却すると、月盾は申し訳ない気持ちになった。


 しかし、昼食を夷狄の施設で得ていると思われないためには必要な行為である。


 遺物は一日に一万紅銭から二万紅銭分に調整して販売していた。


 宿代が一日八千紅銭で、大型乗合車の運賃が往復三千六百紅銭、合計約一万二千紅銭なので貯金は増えなかった。





 毎日、帝錦都市に戻ると、月盾は路地裏にある自分の家に戻った。


 そして、中に入ると十分間ほど横になった。


「月盾は何をしているの?」


 火村突撃銃から黄金姫の声がした。


 最近は、通信用指輪ではなくて射撃統制照準器を通して彼女と会話していた。



 月盾は黄金姫の質問には答えなかった。


 月盾は幸福だった。


 しかし、自分の幸福が永遠に続くとは思っていなかった。


 大規模襲撃が終わり炎風と雷人が消えたように、黄金姫も直ぐに消えてしまうだろうと月盾は覚悟していた。


 宿での生活も、訓練場での生活も黄金姫が去ると消えてしまう。


 だから、月盾は毎日自分の家に、黄金姫が消えても最後に残る自分の家に戻って覚悟しているのだった。


 黄金姫が消えたら、自分一人で務級探索士を目指さなければならない。


 幸運が失われても人生は続くのだと、月盾は板を重ねただけの寝床で覚悟していた。





 十日が過ぎ、一ヶ月が過ぎたが黄金姫は消えなかった。


 そして、二ヶ月が過ぎて三ヶ月が経っても単調な毎日が続いた。


 月盾は必死に勉強して、必死に訓練した。


 学力は目が覚めるほど向上して、市街地での戦闘力も格段に上がった。


 ようやく、探索士昇級試験を受験できるだけの力を手に入れた。


 拳銃の射撃と基礎学力の検査、それから会話力を三時間かけて試験された。


 三日後、合格通知が届いた。


 黄金姫も戦闘鬼部隊も、白雪ですら合格を喜んでくれた。


 合格日は昼から合格祝いが催された。そして、帝錦都市に戻ると鱗蛇が天ぷら御膳で祝ってくれた。





 昇級して、月盾は進大四級探索士になった。

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