第4話 テーマについて

「インタビューですか?」


 絵美が訝しげな顔をする。予想外の内容だったのだろう。


「うん。テーマは本校で活躍してる生徒かな。いや、メインターゲットから考えると、活躍してる先輩だな」

「ええと……」

「経緯を説明すればある程度納得してもらえると思う。けどその前に、絵美は新聞委員が書いた記事をまともに読んだことある?」

「いえ、廊下に掲示してあることは知っていますが……」

「だよな。俺も図書室で暇つぶしに読んだことはあるけど、廊下のは読んだことない」


 新聞が各フロアの掲示板に二か月分――長期休みを考慮しているのだろう――張ってあるのを見かけても、わざわざ足を止めて読もうと思ったことはない。


「でも、たまに読んでる人を見かけます」

「たまに、ね」

「そう……ですね」

「あ、ここは悲観するところじゃなくて、たまにしか読む人がいないってのが発想の出発点なんだよ。どうせほとんど読まれないんだから打率を意識しないで、偶然読んだ人にとってホームランになるようなものを書こうってね」

「……狙い球を絞ると?」

「おお! そうそう、そういうこと!」


 俺の声に絵美がびくりとする。

 絵美の返しが心地よくて、少し力が入ってしまった。


「すまんすまん。つまり多くの読者に受けることを狙わず、ニッチな読者に深く刺さるようなネタにしようと考えたわけよ」

「わかりました。……活躍してる先輩という表現をするなら、ターゲットは一年生ですよね?」

「ああ。俺たちが担当するのは五月分、正確にはゴールデンウイーク明けに掲示され始める記事だ。で、その時期の一年生を狙って書くつもり」

「……五月病?」

「それもあるな。ゴールデンウイーク中に高校生としての一ヶ月を振り返って、今後に不安を抱くような人の気持ちに寄り添いたいんだ」

「今後に不安、ですか?」

「そう。ここで絵美に質問。高校に入学する前、直前でももっと前でもいいんだけど、高校生にどんなイメージを持ってた?」

「そう、ですね……」


 悩ましげな顔で黙考し始める。こんなときでも一挙一動が美しいのは流石だな。


「そんなに深く考えなくて大丈夫だよ。俺は高校生ってほとんど大人と変わりないってイメージあったんだけど、絵美はどうよ?」

「確かに、敦君の言う通りです。以前は高校生がすごく大人に見えました。でも……実際に自分が高校生になってみると……」

「体ばっかり大人になって、心とか頭の中身とかは全然大人になれてない気がするよな」

「はい……」

「で、俺たちと同じように感じる一年生がいると思う。そして自分はちゃんと成長していけるのか不安になる人がいると思うんだ。そんな人が希望を持てるように、一年間高校生活を過ごした先輩たちはこんなにも輝いてるぞって、君も同じように頑張ればきっと輝けるぞって伝えたい。ってのがテーマの選定理由だ。……如何だろうか?」


 反応の薄い絵美に返事を促す。


「ええと、その……。すみません。上手く言葉にできなくて。……すごくいいと思います」


 単純な言葉に複雑な想いが込められているように聞こえた。

 その構成要素全てを読み取ることはできないが、とりあえず言葉通りに受け取って、賛同してもらえたことを喜ぼう。


「そかそか。ならよかった」


 本当によかった。冷笑されることはないと思っていたが、どのような反応が返ってくるかが懸念材料だった。肯定的に受け入れてもらえているなら、予定を変更する必要はないな。

 この場で明かすつもりはないが、絵美が希望を持てるようにすることもテーマを決めた理由だ。

 希望を持って生きることが幸福な人生には相応しいから。


「ええと、色々納得しました。五月じゃないと微妙だといった理由も理解できました。新生活に悩む一年生に対するメッセージを六月以降に掲載しても、遅きに失してる感じがしますね」

「だね。それに打率を意識しないとは言ったけど、高打率にできるならばそれに越したことはないから、入学後に初めて新聞が張り替わるタイミングってのは多少注目度が上がるかなってのもある」

「……先ほどの集会のとき、そういった考えを説明をした方がよかったのでは? 結構強引に話を運んでましたよね? ……敦君をよく思わない人もいたのでは?」

「確かに同調圧力というか、反対意見が出しづらい流れを作ったのは強引だと言われても仕方ないね。ただ、あれが一番手っ取り早いと思ったから。話し合いになったら希望が競合したときや、逆に希望がなかったときに解決するのが難しいだろ?」

「それは、そうですね」

「よく思われるかどうかという点では、率直に言って学内新聞ごときにまじになってることの方がよく思われないだろう。絵美は俺の考えに共感してくれてるから気にならないだけで」

「それは……、でも……」

「絵美は優しいな。でも、周りにどう思われるかは優先順位が低かったから。俺の書きたい新聞をベストな状態で完成させることや、そのためにさっさと集会を終わらせて絵美とミーティングすることの方が大事」


 絵美の気持ちを慮って優先順位が低いと言ったが、他の委員が自分の振舞いをどのように評価するかなんて意識外だった。

 真面目に仕事に取り組んでいる雰囲気を出したら皆が白けるだろうと思い、おどけた態度を選んだのは他の委員への配慮と言えるかもしれないが。


「……それでも、……もっといい方法があったんじゃないかと考えてしまって。すみません、敦君が頑張ってくれたのに後からグチグチ言うなんて」

「いや、少しでも引っかかることがあるなら口にしてもらえると助かる。モヤモヤした気持ちを抱えたままじゃ楽しく作業できないし、今から『いい方法』について検討しよう」

「ええと……」


 絵美は困惑しているようだ。まあ慣れてもらえると信じて話を進める。

 本格的な哲学的議論のように論理的な厳密さは求めず、日常的な感覚で理解できるようにするから大丈夫だろう。

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