第6話 『いい方法』 後
「ええと……、考えがまとまりきらないんですが、行き詰ってしまったので、そこまで聞いてもらえますか」
絵美がためらった様子で口を開く。
「聞かせて」
「はい。まず、先ほど敦君から新聞のネタについて聞いて、すごく感動しました。敦君は素晴らしいことを志してると思います」
絵美の熱っぽい視線を受け止める。
初めて見るものではあるが、本来はいつもこれほどに真っ直ぐな目をしていたのかもしれない。
「だからそれに相応しい『方法』であって欲しかったんです。『いい』考えは、だれにもはばかることなく堂々と主張していいはずです」
「なるほど。確かに何の説明もせず強引に担当する枠をかっさらうってのは、見ようによっては後ろ暗いことがあるやつのやり口だ」
「……はい。でも、敦君の言うように人によって目的が異なりますから、私が『いい』と思うものを他の人たちが『いい』と思うとは限りません。そう考えると……」
「自分が『いい』と思ってるだけでは堂々と主張することができない。『いい』考えだから堂々と主張することが正当化されるのだから、他の人にとって『いい』考えかわからないなら堂々と主張することが正当化されるかもわからないと」
「はい。……ここで行き詰まりました。あの場でどうすればよかったのか、どうして欲しかったのか、私にはわからなくなりました。すみません」
絵美は悲しげに目を伏せた。
感受性が豊かな娘だ。他人のことに心を配り過ぎて、身動きが取れなくなっている。あるいは、他人の痛みを想像して自分を傷つけているのかもしれない。
さて、絵美にどのような言葉をかけるのが最適だろうか。初めに脳裏に浮かんだ劇物じみた理屈を押しのけて、穏便な筋書きを手繰り寄せる。
「考えを整理しよう。絵美はあの場で俺の採った『方法』に、堂々と自分の考えを主張することが不足してたと考えてるわけだ。つまり俺の考えを堂々と主張して五月担当になるのが『いい方法』ってことでいいか?」
「……はい、その通りです」
「他の人にも俺の考えに共感して欲しいわけじゃないね?」
「はい。……できれば共感して欲しいとは思いますが、難しいとわかってます。でも……」
「共感してもらえないならその人にとって『いい』考えと言えないから堂々と主張できない、だろ?」
「はい」
絵美の考えの是非については置いておく。そこまで検討し始めると、いよいよ新聞委員の仕事をする時間が無くなってしまう。
それに絵美という人柄に深く根差した信念から生まれたもののようだから、時間があるときに深掘りするのが望ましい。
「わかった。それなら、俺の考えを堂々と主張して五月担当になるのが『いい方法』だ」
絵美がただでさえ大きな目を見開く。
「え? ええと……」
「正確には『いい方法』になりえるかな。まあ、ちゃんと説明するよ」
「……お願いします」
「絵美としては、共感されるかどうかわからないから行き詰まるんだよな?」
「はい」
「わからないけど、共感されないって確定してるわけじゃない。なら、共感してもらえるって信じて、堂々と主張すればいいだろ?」
「……それで皆さんに共感してもらえれば問題ありませんけど……」
「共感できない人がいたなら、謝ればいいだろ? 堂々と考えを主張して、共感してもらえるように言葉を尽くして、それでもだめならごめんなさいして、残念だったなって反省する。それでいいんじゃないか? 」
「それは……」
他人の痛みに敏感な絵美は受け入れづらいかもしれない。
絵美が発言するまでに時間をかけるときは、相手を傷つけないように言葉を選んでいるのだと思う。
それ以外にも他人に不快感を与えないための配慮が随所に見受けられる。
きっと、俺が気付いていないものも含めて、他者に対する無数の配慮が彼女を形成しているのだろう。
「今回は既に一つ『いい方法』が存在しているのが話をややこしくしてるんだけど、普通は『いい方法』について考えるのって、これからなすべきことを考える場合か失敗した過去を反省する場合だと思う。つまり『いい方法』について検討してる時点ではどの『方法』が『いい方法』かわからないんだ。その『方法』がどのようなものであれ、目的を果たせなければ『いい方法』足りえないから、その『方法』が導く結果が確定しない限り、それが『いい方法』かどうかも確定しない。だから今検討している『方法』は『いい方法』になる可能性があるものに留まってしまう。そんな状況でどのような『方法』を選択するべきなのか? 一次的なものも二次的なものも含め自分の目的全てを果たせる『方法』を選ぶべきだ。そしてそれが目的を果たしたとき『いい方法』になるんだ」
「……『方法』が本質的に目的を果たさなければならないものだから、望んだ結果が出ない限り『いい方法』と言えないというのはわかります。でも、上手くいかないかもしれない『方法』を選んでもいいんですか? それでだれかが傷つくかもしれないのに」
「当然いつだって他者への配慮は必要だよ。人命にかかわるようなプロジェクトに関する『方法』であればなおのことね。ごめんなさいでは済まされない甚大な被害が生じないように。でも、いつだって他人に遠慮する必要はない。特に今回なんて話し合いのときにどのような『方法』で発言するべきかって話だろ? 上手くいかなかったときに他人に及ぼす危害は、無駄に時間を奪うことと不快な気分にさせることくらいだ。それなら聞き手への配慮として手短に不快ではない言い回しで主張してみて、失敗したら謝って反省する以外の何ができるよ?」
「それは……そうかもしれません。でも、考えたくないことですけど、不快な思いをした人がその『方法』を採った人を、敦君を非難するかもしれません。私はそんな『方法』を『いい方法』とは呼べません」
やはり絵美はそこに行き詰まるのか。
俺が他人からよく思われないことを絵美が気にしたことがこの対話のきっかけだから、当然と言えば当然だろう。
ありもしないし、ありえもしない俺の心の痛みのせいで、絵美を嘆かせるのは本意ではない。
しかし、その不在を示すのは絵美にとって刺激が強すぎる。
再びその劇物に頼りたくなった自分に呆れつつ、対話の終幕を迎えるために言葉を紡ぐ。
「それでも失敗して傷つくことを恐れるよりも、成功を信じ、欲しいものを求めるべきだ。俺が君に、共感されたいと願い、共感してもらえると信じたから、実際共感してもらえたのと同じようにね。だから、もし君が俺の考えに共感できたことを喜んでくれるなら、今こうして俺と対話する時間を大事に思ってくれるなら、俺の無鉄砲を許して欲しい。俺が君を信じたように、俺が他の人を信じることを許して欲しい」
「…………敦君はずるいです。私が断れないように追込んで、……本当にずるいです」
「じゃあ、俺のことを信じられない?」
「いいえ。ずるいけど、ずるいから、敦君なら結果が不確かな『方法』を『いい方法』にしてくれるって信じられます」
「ありがとう。では、結論。俺は話し合いのとき、それが『いい方法』になると信じて、堂々と俺の考えを主張して、五月担当を勝ち取るべきだった」
「はい」
晴れやかな表情で頷いてくれた。この顔を見られただけで、対話をした甲斐があるな。
「まあ、そのためには時間を捻出して絵美と事前に相談する必要があったな。俺一人じゃ逆立ちしてもその発想は浮かばないよ。そもそも後ほど新聞で表現しようとしてることを、読者候補の人たちに説明する必要性を感じないから」
「ええと……」
「あっ、別に不満を述べてるわけじゃなくて、反省してるだけ。うん、とりあえず今後は何かする前に、絵美と相談するように心がけます」
「はい。一緒に『いい方法』を考えましょう」
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
結局のところ、過去は変えられないし、導き出した「いい方法」が実行されることはない。
それでも対話が有意義であったことは、絵美の表情を見れば明らかだ。
何より、忌憚のない意見を交わし合う土壌が作れたことが喜ばしい。
「さて、それでは本筋に戻ろう」
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