第17話 楽しいランチタイム
「ふぅ……。いい場所だな、ここ」
弁当箱を片付けて、ペットボトルのお茶を一口飲む。
新校舎と旧校舎の間にある中庭には、いくつかベンチが設置されている。その中でもほどよく木陰になっている場所を選んでランチタイムを満喫していた。
「絵美はいつもここで食事をしてるんだ」
「はい」
普段昼休み中は絵美の姿を見ないからどこかにいい場所があるのだろうと思っていたが、こんな穴場があったとは。
わざわざ外履きに履き替える必要があるからか、他のベンチを利用している生徒は数えるほどだ。
朝から鬱陶しいほどに男連中に絡まれてうんざりしていたが、ようやく落ち着いて一息つけた。
いくらか言葉を交わすうちに、絵美がデザートのりんごを食べ終えた。
さっきから俺が話しかけるタイミングに合わせたかのように、口の中が空になっている辺りに高度な技術を感じる。
どうやったら鍛えられるのか想像もつかない。
「さて、じゃあ絵美も食事を終えたところで、隠し持ってたそれを見せてもらおうじゃないか」
「隠してたわけでは……。ただ、見られてる間は落ち着いて食べられなさそうなので」
絵美はランチセットと不似合いなクリアファイルを持ってきていた。
非常に興味をそそられつつも、食事が終わるまでは触れないように我慢していたが、もう限界だ。
「紙面の構成案を作ってきたので、確認してもらえればと思いまして。お願いできますか?」
「了解」
差し出されたものを手に取り確かめる。……何だこれは。
「これ、全部手書きで作ったの?」
「はい。読みにくいですか?」
「いや、そうじゃなくてだな。すまん、考えがまとまってから話す」
「わかりました」
衝撃的な完成度に気がせいてしまった。気を取り直して紙面に集中する。
昨日持ち帰ってもらったサンプルとは次元が違う。目を引く見出しから始まり、全体のレイアウトも視線誘導が考えられていて直感的に読みやすい。
記事の内容はサンプルのものを流用したようだ。けれども、新しい情報は一切加わってないのに、文章の構成を変えることで読み応えが増している。
そして何より気に入ったのが――。
「このイラスト、すごくいいね」
平凡なバストショットの写真が、デフォルメされた似顔絵に描きなおされている。
元となった写真の特徴をよく捉えていて、そこに幼気で愛らしい感じが付加されていた。単に写真を置き換えたのではなく、昇華されたと言っていいだろう。
掲載されていた写真は――校内新聞だから慎んだのだろうが――構図の工夫もない白黒写真だったから、もう少し配慮が欲しいと思っていた。
我が妹はただそこにあるだけで抜群に可愛いが、その可愛さを極限まで余すところなく紙面に反映させたいのが兄の情だ。このイラストの腕前はその願望を満たして余りある。
「イラストですか?」
「ああ。絵美も白黒写真は微妙だと思ってたんだろ? この似顔絵なら文句のつけようがないよ」
「そう、ですか? 作業が詰まったときに気晴らしで描いたものなので、褒めてもらうようなものではないと思います」
絵美はこともなげに言う。これが「絵」だから過小評価していると考えるのは、うがち過ぎだろうか。
「そうか。でも俺は気に入ったから、絵美の負担じゃなければ俺たちの記事でも是非似顔絵を描いて欲しい」
「それは、はい大丈夫です。確かにモノクロ写真は微妙ですからね」
「だよな。じゃあそれでよろしく。他のところも尋常じゃないクオリティだ。そもそも一日で作ってくるなんて、大変だったろ?」
「いえ、一度イメージが固まればすぐでしたから、そこまででは。でも敦君に認めてもらえる出来になってたようで、安心しました」
絵美が謙遜しているだけで、一晩でこなすには途方もない作業量だろうに、凄まじい処理能力だ。……なるほど。
「もしかして夜更かししたのか? 今は治まったみたいだけど、朝は目が少し充血してたぞ」
「そんなこと、ありません」
露骨に顔を背ける。今隠したところで遅いのに。
「別に責めてないよ。絵美が頑張ってくれたおかげで、いいものが作れそうだって希望が増したんだから。ただ、俺が心配するから無理はしないように。もし無理するなら俺にばれないようにやってくれ」
「ばれなければ無理してもいいんですか?」
「ああ。でもこうやって俺にばれないようにって意識付けしたせいで、無理をしたときにそのことを強く意識するだろうから、ばれやすくなっちゃったけどね」
「結局、無理するなってことじゃないですか」
「そうは言ってないよ」
「もう、わかりました。敦君にばれない程度の無理に抑えておきます」
「あはは、それがいい」
絵美は諦めたように笑ってくれた。
「あ、そうだ。イラストはしょうがないとして、文字は手書きよりパソコンで打った方がいいと思う。綺麗に印刷できる状態の原稿を手書きで仕上げるのは大変だろ?」
「やっぱりそう思いますよね。でも私パソコンでこういうのを作ったことがないので……」
「なら、俺に任せて」
「経験があるんですか?」
「まあね。再現性皆無で見た目だけ同じものを作ることならできるよ。だから絵美に手書きでデザインを用意してもらって、俺がパソコンで完成させるって流れにしよう」
「敦君が平気なら、私は大丈夫です」
「じゃあそれで」
必要な機材は自宅に揃っているし、経験も去年嫌というほどしている。
もう二度とやることはないと思っていたのに、こんなにも早くやることになるとは。
「後は明日以降のスケジュールなんだけど。まず悠永は来週の月曜か火曜なら大丈夫らしいから、月曜でいいかな?」
「はい。宣言通り何とかできたんですね」
「ああ」
素直な反応だ。やはり悠永が協力してくれた理由に心当たりがなさそうだ。
「で、琴音の方は明後日がいいかと思うんだけど、どう?」
「いいと思います。今日初回をやってみて反省点等を振り返る必要があるでしょうから、明日をそれに当てられればと思います」
「俺も同じ考え。なら俺からそのように伝えておく。他に何かあるか?」
「……大丈夫です」
「わかった。ではでは、結構いい時間だし教室に戻ろうか」
「はい」
ベンチから立ち上がるとちょうど予鈴が鳴り響く。
その音を聞きながら下駄箱へと向かった。
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