第18話 和真インタビュー 導入

「何だか緊張します」


 絵美がぼそりと呟く。俺たちは空き教室でインタビューの用意を済ませ、和真を待ち構えていた。

 職員室で鍵を受け取ってから移動してきたので、和真が先に到着しているかと思っていたが違った。俺たちのクラスは帰りのホームルームが早く終わったから、その差かな。


「リラックス、リラックス。俺の友達だから、俺と同じくらい適当に扱うのがいいよ」

「はい、わかりました」

「いやいや、そこは敦君を適当に扱ってなんていません、だろ?」

「ふふっ、すみません。でもこんな感じがいいんですよね?」

「大正解」


 適当な雑談をしていると、教室の引き戸が開いた。


「おっす、お待たせ。来るの早いな」

「お疲れ。お出迎えのためにわざわざ急いで来てたんだよ」

「はいはい」


 俺の言葉を聞き流して、教室内へと入ってくる。


「じゃあ、こっちの席に座ってくれ」

「わかっ……、た」


 突然和真が硬直する。視線の先には席から立ち上がった絵美がいた。


「今日はよろしくお願いします」


 絵美は深々とお辞儀をする。適当でいいと言ったのに。


「あっ、はい。……ちょっと待ってもらえますか。おい、敦!」


 俺を手招きして、教室から出ていく。予想できた反応だな。

 俺は絵美に「ちょっと待ってね」と言い、和真についていく。


「どういうことだよ?」


 抑えられた怒鳴り声というべきか、何とも器用な声色で問い詰めてくる。


「ん? こっちがどういうことって言いたいんだけど?」

「遠藤さんがいるなんて聞いてないぞ」

「新聞委員の仕事だって伝えただろ。委員二人で取りかかるのは当たり前では?」

「それはそうだけど、もう一人が遠藤さんだなんて知らなかったから。何で教えてくれなかったんだ?」

「教えたら断られるかもしれないから」


 例え和真が絵美に苦手意識を持っていても、実際に顔を合わせるところまで済ませてしまえば、逃げることはできないだろう。そんなことをすれば絵美が傷つくと和真は考えるはずだから。


「……ほんと、お前は嫌なやつだよ」

「君と比べればね。で、だめそうか?」

「だめではない。今になってできないなんて言うつもりはない。けど……」

「ビビっちゃう?」

「……そうだな」


 俺への怒りは微々たるもので、絵美に対する懸念が強いことはわかっていた。

 繊細で他人の気持ちを慮り過ぎるところは絵美にも似ているな。


「でも、敦が俺に内緒にしてまで引き合わすんだから、大事なことなんだろ?」

「ああ」

「なら、できる限りのことはしたいんだけど、とんでもないへまをしそうで……」

「厳しそうなら、適当に相づちを打ってくれればいいよ。俺がサポートするから。新しくできた友達の紹介がてら、会話を楽しむ余裕があればよかったんだけど」

「ごめん。……あ? 友達?」

「ん? うん、友達」


 意図がわからずオウム返しをすると、何故か不安が吹っ飛んだようで表情に怒気が満ちてきていた。


「何でそれを早く言わないだよ!」

「えぇ……。何でキレてんの?」


 唐突な感情のスイッチにどん引きする。何か気持ちを逆なでするようなことしたか?


「何でって、いや、もういい。わかった。心の準備はできたからさっさと戻るぞ。いつまでも友達を待たせていられないだろ?」

「ああ」


 よくわからないけど和真が納得したなら、それでいいか。和真に追従して教室に戻る。


「すみません、お待たせしました」

「はい、あの、大丈夫ですか?」

「え? はい、もちろん」

「でも、先ほど大きな声が……」

「あ、うっ」


 和真は、すまなそうに俯く絵美に返す言葉がない。

 まあこうなるわな。急いては事を仕損ずる、だ。仕方ないやつめ。


「すまんな。実はこいつ下ネタを言い続けないと生きていけないマグロみたいなやつでね」

「え?」


 絵美は何が起こっているのか飲み込めず固まっている。


「俺の相棒が絵美だってことを事前に知らせてなかったから、絵美に対してどこまでの下ネタが許容されるか問い詰めてきてさ。で、下ネタなんて言ったことないからわからんって答えたらブチ切れられちゃったんだよ」

「ええと……」

「それで実際に下ネタぶっこんで試してやるって勢い込んで戻ったはいいけど、こいつ緊張しいだから絵美を目の前にしたらこうなっちゃったわけよ」


 急ごしらえにしてはなかなか筋の通った言い訳ではないだろうか。内容の質以外は自画自賛したくなるね。


「な、おま、それは……。下ネタってフレーズを出す時点で、下ネタってかセクハラだろ」


 和真は大いに赤面しながら、絞り出すようにツッコミを入れてきた。


「じゃあ、君のその返しも下ネタだね」

「お前! やめろって」


 誤魔化すように手を振り回しながら、俺と絵美の間で視線を往復させる。こいつと付き合う女の子には、こういうのが可愛く見えるのだろうか? 機会があれば聞いてみよう。


「ふふふ、本当に仲良しなんですね」


 絵美の笑い声が聞こえると、和真の騒がしい動きが止まった。


「いやあ、まあ、ぼちぼちです」

「見ての通り、こいつは彼女持ちなのに初心なやつでさ。特に絵美みたいな可愛い女の子の前ではたじたじになっちゃうから。俺に怒った本当の理由はそれね」

「お前が平然とし過ぎなんだよ」

「彼女の前でさえ及び腰になる君がおかしいよ。なあ?」


 呆れながら絵美に水を向けると、少し赤い顔をして絵美は言った。


「私も敦君は配慮が足りてないと思います」

「ですよね。こいつはそういうやつなんです」


 何だか風向きが変わってきた。絵美はともかく、和真は俺がフォローのために奮闘しているってわかれよ。

 まあ、これでさっきの件のフォローは完了だな。


「はいはい、俺が悪いです。じゃあそろそろ始めようか」

「はい、そうしましょう」

「しょうがないな」


 自分の席に座りなおすと、遅れて和真も用意していた席に座った。

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