第19話 和真インタビュー 開始
「さて、始めていこうか。まず改めて、協力ありがとう和真」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる。
「変にかしこまるなよ。気持ち悪いな」
「こういうのは形が大事だから。で、そうだ絵美は和真のこと知ってるんだよな?」
昨日の会話の感じ、和真がでかいやつだと把握しているようだった。
「はい、去年同じ二組でした」
「そうかそうか、了解。じゃあ自己紹介はいらないね。ではでは、インタビューを開始するにあたって、これからの会話内容は録音させてもらうな」
「おお。なんか本格的だな」
スマホを録音できる状態にして机の上に置く。
絵美はメモ帳とペンを手に、話を聞く姿勢を作っていた。
「続いてっと。和真、君は弁護士による弁護を受ける権利もなければ、都合の悪いことに関して黙秘する権利もない。あらゆることを正直に暴露するように」
「いやいや、都合の悪いことをしゃべるわけないだろ」
「わかった。それなら黙秘する権利は与えるけど、代わりに俺が全部暴露するから我慢するように」
「何でだよ!」
「仕方ないな。とりあえず適当にしゃべって、どうしても記事にされたくないことがあったら記事にするなって言ってくれ」
「最初からそれでいいだろ」
「はいはい」
俺たちのやり取りを絵美がにこにこしながら見ていた。
「じゃあとりあえず俺が適当に質問をしていくから、適当に答えてくれ。絵美も気になることがあったら口出ししてくれ」
「了解」
「わかりました」
「ではでは。まず名前を教えてください」
「桑原和真」
「クラスは?」
「二年四組」
「部活は?」
「……野球部、ってこれいるか? お前知ってるだろ?」
「しゃべってもらわないと記事にしていいかどうかわからないだろ」
「わかれよ! これがだめならインタビュー自体断ってるって」
「こっちが気を遣ってやってんのに、こんなワガママなインタビュー対象は初めてだよ」
「……桑原君がトップバッターですよね」
「ちょっと、絵美さんや。味方の隠し球をばらすなよ」
「気になることに口出しするように言ったのは敦君ですよ」
「あはは。敦、一本取られたな」
さっきから俺を標的にすることで、絵美の口が滑らかだ。和真の緊張もほぐれているな。
「ええと、私からいいですか? 桑原君はいつから野球を始めたんですか?」
「小学三年生の秋からです」
「何かきっかけはあったんですか?」
和真が俺に視線を向けてきたので、一度だけ頷いた。気にせず好きなように話しなさいな。
「小三の夏、県内でプロ野球の試合がありまして。俺の両親と友達の家族と一緒に見に行ったんです。その試合がとてつもなく退屈で、一緒に行った友達の妹なんて途中で寝ちゃいました」
友達の妹というフレーズで感づいたのか、絵美がこちらをちらりと見る。
「そろそろ遅くなるしこのイニングが終わったら帰ろうかなんて親たちが話をしてました。ツーアウト一塁、その日ノーヒットだった四番バッターの打席。初球、ボールがバットの芯に当たった音が響き、観客はボールの描く放物線を見つめながら徐々にボルテージが上がっていき、ボールがスタンドに飛び込んだら、もうお祭り騒ぎ。一本のホームランが、倦怠感に満ちていた球場を熱狂に包んだんです」
どこかうっとりとしたような口調で語る。よくもまあそんなに詳しく覚えているものだ。
「それでプロ野球選手になって大観衆のいる球場で皆を熱狂させるようなホームランを打つことが夢になったんです。それが俺が野球を始めたきっかけです」
「素敵ですね。それで一年生で四番を任せられるほどの実力を身に付けているんですから、立派です」
「まあそれなりです。人よりも少しボールを遠くに飛ばすのに向いていただけですよ」
「何を言うか。秋大会準々決勝の二打席連続ホームランは圧巻だったじゃないか。チームの全打点を叩き出し、勝利へと導いた立役者だ」
「すごいですね」
素直に目を輝かせている絵美に対して、和真は恨めしげに俺をにらみつけている。俺がどういう方向に話を持っていくつもりか伝わったようだ。
「準々決勝は調子がよかったので。ただ、準決勝はだめでしたから」
「負けたとはいえ、野球部史上初の快挙なんですよね。素晴らしいことですよ」
絵美のストレートな称賛に、和真はいたたまれなそうに肩をすぼませている。
「しかしながら、準決勝では四打数二併殺で三振も二つ、さらにはエラー二つのおまけ付き。歴史的敗北の要因として一番最初に挙がるのが和真の絶不調だろうね」
もし和真が全打席ホームランを打っていたとしても同点だったから、敗北の原因とまでは言えない。
それまで和真が活躍し過ぎたことで分不相応な舞台まで上がれてしまっただけで、本校野球部の実力を考えたら準決勝の敗北は順当だ。そのくらい相手校との実力差をまざまざと見せつけられた一戦だった。
それはそれとして、和真にはインタビューのために犠牲になってもらう。
「それは……。誰にでも調子が悪いときはありますから、その……」
絵美は懸命に和真を擁護しようと試みているが、いい言葉が思い浮かばないようだ。絵美の心遣いに和真は申し訳なさそうにしている。
話を切り替えてあげるから、二人とも安心するといい。
「単なる不調ならいいんだけどな。こいつ昔からここぞって場面に弱くてさ」
「え? でも準々決勝では桑原君が大事な場面で活躍したから勝てたんですよね?」
「それはそうなんだけど、和真にとってのここぞって場面ってのは、彼女が見てるときのことだから」
「おま、それは――」
「彼女が君の頑張りの原動力なんだから、関係ないことはないだろ。絵美も興味あるだろ?」
「……気にならないわけではありませんが」
「それに君をインタビュー対象に選んだ一番の理由は、彼女の話をしたかったからだよ」
輝かしい高校生活を語るのに、恋愛に触れないのは片手落ちだ。琴音には当然恋人はいないし、悠永とはそういう話に持っていけないだろうから、残った枠に恋愛面を担当してもらうしかない。
「確かに皆さん関心はあるでしょうけど、彼女さんの迷惑になるのでは?」
「大丈夫。彼女は他校生だし、俺たちと同じ中学だったやつは皆知ってるくらい有名カップルだから」
「……桑原君が色々な意味で上手くいきそうって言ってたのは、そういう理由だったんですね」
「そういうこと。で、和真。君がだんまりを決め込むなら俺が話すぞ」
「わかった。止めたところで意味ないだろうし、好きなように話せよ」
和真が観念して首を縦に振った。心底嫌がっていたのではなく、俺への抗議の意味も込めて嫌がる素振りを見せていたから、意外と潔いのだろう。
そもそも和真という人間について語るなら、彼女の存在は必要不可欠だ。インタビューを受けると決めた時点で、彼女の話題になるかもと薄々感づいていたのだろう。
ただ、色々ときまりが悪い話題だからその予想が外れるように願っていたに違いない。残念ながらその願望は俺によって打ち砕かれたのだけど。
「さんきゅ。じゃあ何から話そうか。やっぱり彼女との馴れ初めの話からかな」
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