第2話 新聞委員会

 新聞委員会の会場である三年六組の教室に着いた。


「ありがとう。助かったよ」

「いえ」


 黒板に書かれた指示通りの座席に腰を下ろす。俺たち二年一組は教室中央の最前列だ。

 教室は空席が目立つ。三学年がそれぞれ六クラスで委員は各クラス二名。参加者が揃えば座席はほとんど余らないはずだ。

 まだ担当教師の今江もいないから、集会が始まるまでいくらか時間がありそうだ。

 隣に座る絵美を見ると、筆記用具を机に並べて準備万端のようだった。

 見た感じ前向きに取り組む意志はあるようだけど、あまりにやる気があり過ぎると俺の予定が狂うかもしれない。

 それはそれで絵美と交流を深めるという予定通りに進むかもしれないが、集会が始まる前に話をつけてしまおう。


「遠藤、少しいいか? 作戦会議をしよう」

「作戦……ですか?」

「委員会活動にどんな方針で臨むか、考えを共有しておこう。俺も遠藤も意図せず委員に選出されたわけだし、互いのモチベーションがどんなもんか分からないとやりづらいだろ?」

「ええと……」

「遠藤がどれだけ積極的に取り組むつもりなのか教えて欲しい。書く記事のネタまで仕込んであるほどやる気満々なのか、仕事だと割りきって淡々とこなそうと思っているのか。俺は結構頑張るつもりだから。一緒に頑張れるなら嬉しいけど、無理強いはしないよ」


 投げるべき言葉は投げ終えた。黙って絵美の言葉を待つ。


「活動内容についてよく知らないので、どこまでできるかはわかりませんが、……頑張るつもりです。頑張ります」

「よかった。嬉しいよ。一緒に頑張ろう」

「はい。よろしくお願いします」


 第一関門突破だ。とりあえず一安心と言えるだろう。


「で、俺たち二年生は自由課題というか公序良俗に反する内容じゃなければ何でもありなんだけど、実は書きたいネタがあるんだ」

「どんな内容ですか?」

「詳しく話すと長くなるから内容は一旦置いといて、そのネタがタイミング的に今期のトップバッターの五月担当以外だと微妙なんだよ。で、担当する月は集会のときに学年ごとに分かれて話し合いをするみたいなんだけど、五月を狙ってもいいか?」


 合点がいかないようで絵美が小首を傾げる。


「五月担当になれば俺の希望が通った形になるから、遠藤が書きたいネタを見つけても言い出しづらいだろ? それに締め切りまでの日程がきつい。そのせいで俺のネタが上手くいかなかった場合、悲惨なことになるかもしれない。他の月の担当になったら今俺が持ってるネタは没にせざるを得ないだろうから、互いにほぼ同じ条件でネタ出しできる。もちろん時間の余裕もできる」

「……安居君の希望通りにしてください。私にはいいアイデアが出せないと思いますから」


 確信を持った口調で自信のなさを述べる。

 望み通りに事が進みそうなのはいいが、絵美の反応が気にかかる。


「わかった。でも、もし何か思い浮かんだら遠慮なく言ってよ。遠藤にはいいアイデアに思えなくても、俺にとっては思いもよらない素敵なアイデアかもしれないから」

「……わかりました」

「それで――」


 本題に入ろうとしたところで、今江が教室に入ってくる。気付けば空席も埋まっていた。


「詳しくは後で」

「はい」


 体は今江の方に向け、頭の中は絵美に傾ける。

 予想できていたことだが、絵美の反応はよろしくない。同世代の連中と比べると抑制が効いていて理知的にも見えるが、その振舞いは彼女の自尊感情の薄弱さからくるように思える。

 それは彼女の生を善きものにしない。


 俺は本校に入学して以来、色々な意味で絵美が目立つこともあり、あることないこと様々な情報を聞いてきた。

 卓抜した美貌に抜群のスタイル、高い学力を持ち私立の一貫の女子校から外部受験してきたことに、駅近くの遠藤クリニックの一人娘であること等々。

 自尊心が高まりそうな理由は枚挙にいとまがないが、その逆はごくわずかだ。

 しかし、そのごくわずかが厄介極まりないもので、彼女の卑屈さへの理由付けにも他の生徒たちから距離を置かれる原因にもなっている。


 俺は絵美と距離を置くつもりはない。

 それどころか絵美について強い関心を抱いていた。初めて遠藤絵美の名を聞いたときからずっと。

 「遠藤絵美は幸福な人生に相応しい」こと。それは俺の持っている信念に基づけば揺るぎないことだ。

 俺は新聞委員の活動という千載一遇のチャンスを活用して、そのことを絵美に伝えなければならない。


 隣に座る絵美に視線を送ると、背筋を伸ばして真剣な表情で話を聞いている。

 俺も今江の言葉に耳を傾けてみると、ちょうど説明が一通り終わり、本日のメインである担当月を決めるための話し合いに移るところのようだ。


「それじゃあ学年ごとに話し合いを始めて。終わった学年から解散で」


 教室中からざわめきが生まれる。

 俺はこちらの様子をうかがう絵美にウインクをしてから、立ち上がり後ろを向いた。


「二年生諸君、注目!」


 突然の大声に教室中が静まり返る。

 二年生全体を見回すと、好都合なことに二組の委員は二人とも去年のクラスメイトだ。俺のノリに慣らされているから、変に反発することもないだろう。


「書きたいネタが決まってたり、希望する月があったりするクラスは挙手してくれ。……誰も手が挙がらないな。じゃあ俺たち一組から若い順に担当するってことでいいか? 締め切り的に一番大変なのは俺たちだし、次に大変なのは二組だけど……如何なもんかな?」


 おどけた調子でかつての級友に話を振る。


「僕らは大丈夫だよ」

「正直いつの担当になってもぎりぎりまでやらないだろうから、今日早く帰れることの方が大事かな」


 俺が話題に挙げるまでもなく早く帰りたいとアピールしてくれるとは、期待以上の答えだ。

 そのままの流れであっさり全クラスの同意を得られた。


「よし決定で。……ということで二年は一組から若い順に担当することに決まったので帰ります」


 今江の方に向き直り報告する。


「了解。さっきも言ったが新聞の内容を決めたら、書き始める前に俺の確認をとるのを忘れないように。じゃあお疲れ」


 二年生たちが素早く教室を出ていく。絵美は流れに乗り遅れたようで、筆記用具を鞄にしまっているところだ。

 今江は絵美をちらりと見てから、俺に声をかけてくる。


「一組はこの間安居が言っていた内容で書くんだな?」

「そのつもりです」

「わかった。変更がなければそのまま作り始めていいぞ。ゴールデンウイーク明けが締め切りだから遅れないように。いい記事になることを期待している」

「ご期待ください。……行こうか、遠藤」

「あっ、はい。先生、ありがとうございました」

「お疲れ様」


 絵美と連れ立って教室を出る。


「遠藤、今日まだ時間あるか? 早速仕事に取り掛かりたいんだけど」

「大丈夫です」

「サンキュー。なら図書室に行こう」

「図書室ですか?」

「過去の新聞がまとめてあるから参考資料にしようかと。それに多分ミーティングに最適な環境だと思うから」

「図書室で話をして大丈夫なんですか?」

「行けばわかるよ」


 不思議そうにする遠藤を尻目に図書室へと足を進めた。

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