第007話 地下牢のダンジョン

 アルフとアドイードは、新しくできた・・・・・・マクゾルナ王国の巨大盆地を抜け、どうにかこうにか小さな町に辿り着いた。


 盆地はどこまで行っても土ばかりだった。

 たまに泥水の池を見つけたけれど、それ以外はやっぱり土しかなく、結局何も食べることができなかった。


 それでも道中、元がドリィアド族という全世界に九人しかいないらしい植物の守護者的な種族であったアドイードは「植物が無いなんて大問題だよ」と、どの口が発言を繰り返し、正体不明の種や苗をばら蒔いては不思議な躍りを踊っていた。


 その度にお腹は減っていくのだが、アルフは一生懸命なアドイードの姿が微笑ましくて何も言わなかった。


「時間外だ」


 小さいとはいえ町は町。城門には夜勤の衛兵が六人いた。

 朝まで立ち入りは許可できないと突っぱねる彼らに、全裸のまま泣きながら縋り付いたアルフは今、見事アドイードを巻き添えに地下牢へぶち込まれていた。


「ひもじいなぁ、アドイード……」

「ひもじいねぇ、ありゅふ様……」


 何十個目かの卵を平らげ、薄い毛布にくるまったアルフとアドイードが肩を寄せ合った。

 地下牢にいた先客たちから作った卵はどれも不味く、虚しい腹持ちに溜め息をつく。


 こっそり衛兵たちからも卵を作っていたが、多少まし程度なものばかり。それに彼らからは根こそぎ魔力を奪うわけにもいかず、やっぱり満足はできなかった。


 善良なるダンジョンは、できるだけヒトの社会に溶け込んでいたいらしい。


「うっ……」


 突然アルフが腹を押さえて蹲った。


「はわわわ、ありゅふ様どうしたの?」

「は、腹が痛い……」


 真っ青な顔に脂汗が滲んでいる。


「不味いごはんばっかりでお腹壊りぇちゃった? おトイレありゅよ。我慢しないでありゅふ様」


 心配するアドイードの肩ゆさゆさは、アルフをどんどん追い詰める。


「や、やめ……」

「なに? よく聞こえないよ? お腹さすさすして欲しいの?」


 アドイードは早く元気になって欲しくてお腹をさすさす、さすさす。しかし状況は悪くなる一方だった。

 もはや青を通り越して灰色に近くなったアルフにアドイードは大慌て。腕から生やした蔓でアルフを持ち上げ毛布を剥ぎ取ると、目と鼻の先にあるトイレに運ぼうとする。

 

「ち、ちがっ、これは――」


 喋ることさえ億劫になっていたアルフは、思考を共有してアドイードに状況を伝える。

 びっくりしたアドイードはアルフを落としてしまった。いつもは思考の共有を遮断しているのだ。


「ぐおぉぁぁっ!?」


 地獄のような仕打ちにアルフは腹を押さえて小刻みに震え始める。


「はわっ!? そりぇは大変、大変だよ!」


 短い手足をバタつかせわたわたするアドイードが、蔓でアルフの腕をどかし、露になった腹をつつく。


「ここ? そりぇともここが痛いの?」


 普段なら「やめろよ、この、このっ」なんてじゃれ合いが始まる程度のツンツンだ。

 しかし今のアルフには鈍器の一撃にも匹敵、とんでもない顔で悶え苦しみ泡を吹く。


 かつて世界一格好いい王族番付なるもので殿堂入りしたことが自慢のアルフだが、今の形相を見れば、とんだ大法螺吹きだと爆笑されてしまうだろう。


「ここ! ここだね! アドイードに任せて!」


 止めの一発とはこのことか。

 一生懸命無慈悲なアドイードはアルフの腹に向かって突撃、痛みの原因を取り除くべく、腕と蔓を突っ込んでがしがし掻き回し始めた。


 もはや虫の息だったアルフは時おりビクッと痙攣するのみだったが、やがて白目を剥き、そのままひっそりと、こと切れた。


「こりぇ……だっ!!」


 数分後、無我夢中のアドイードが引っ張りだしたのは、血の滴る肉を掴んだ小さな白いタコだった。

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