第1話 空腹のダンジョン
季節は初秋。
男が
「お、お腹空いた……」
草木が鬱蒼と生い茂る道なき道の途中で男は天を仰いだ。
故郷より幾分か暖かなこの国の秋は、未だ森を緑一色に保ち、実りをちらつかせることなく風に揺れている。
男の美しい瑠璃色の髪は汗で湿り気を帯び、青い竜胆色の瞳は疲労で濁っている。左目にはそれとは違う別の色が混じっているものの、やはり本来の宝玉の如き明澄さは感じられなかった。
しかしそうであったとしても見るものすべて――森の動植物でさえも魅了してしまいそうな完璧に整った顔を歪ませて、ずいぶん前に拾った木の枝を頼りに、がっくしと俯いた。
「あ
男の足元から弱々しい声が聞こえた。草木に隠れて姿は見えないが、もぞもぞ動く様子から男の横にいるのだろうと察せられる。
「ああ。アドイードはどうだ?」
「……アドイードもね、お腹ぺこぺこだよ」
「ごめんな。俺が不甲斐ないばっかりに……」
「そんなことないよ。ありゅふ様はいっつもありゅふ様だよ」
不甲斐ない、の返答にしては奇妙な言い回しだが、互いに通じ合っているようで、どちらも小さな笑顔を見せた。
一見してぼろぼろのこの男たちこそ、一〇年前、魔法王国の王宮を吹き飛ばし、悪逆非道の数々を繰り返したとされるもの。かつて厄災のダンジョンと呼ばれた、アルファド=アドイード・アンドロミカである。
呼び名がありゅふ、なのはアドイードが『ら行』の発音を苦手としているためで、本人は愛称のアルフと呼んでいるつもりらしい。
「街道までもう少しだと思うんだ。あとちょっと頑張ってくれ」
「アドイード頑張りゅよ。ありゅふ様と一緒だもん、平気だよ」
「っ!? アドイードぉぉぉ!!」
アルフはアドイードの健気さにやられた。木の枝を放り投げ、草の中から抱えあげて頬擦りをする。
新緑の葉がローブの様に体を構成し、幼児体型特有の丸みと短い手足、麗らかな愛らしさを極めたような幼顔もまた、それとは違う美しく瑞々しい緑を湛えた若葉でできている。
それでいてどこか神秘的な雰囲気もあるアドイードは、元々アルフのえげつないストーカーであったのだが、今はすっかり受け入れられており、想い人から頬擦りをされてそれはそれは嬉しそうに堪能している。
しかしそれは長く続かなかった。
「うわぁぁぁぁぁ――」
野太い叫び声だ。
かなり小さかったがアルフとアドイードには、はっきり聞こえた。
「アドイード! ヒトだ!!」
「ご飯!?」
アルフはアドイードをおんぶすると一目散に駆けていった。
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