第002話 間の悪いやつら
まず男の顔、それから平均を遥かに超えた股間に目がいき、次いで背負っている緑の塊に視線が移る。
なんと男は間の悪いことに賊の斬擊と風の騎士の間に飛び出していた。
「あぎゃーーーー!!」
迎撃のため振りかぶった剣を止めることは最早できず、風の騎士の攻撃が緑の塊を切り裂いた。
「ア、アドイ――ぎゃあぁぁぁ!!」
突如上がった悲鳴に、男は背負った愛しき緑色に顔を向けるが、自分も飛んできた幾多の斬擊の的になり吹っ飛ばされ、結界にぶち当たり動かなくなった。
男の持ち物だろうか。倒れた周りに卵が数個散らばっている。
賊も風の騎士も呆気に取られそうになったが、どちらもこの期を逃すまいとすぐ様行動を起こした。
斬擊を飛ばさなかったナイフを持った賊が駆け出し、騎士は結界目指して疾走する。
あの結界は味方であれば中に入ることができる高度な魔法なのだ。
狙いすまされた投げナイフや、それを追い越す勢いで飛んできた斬擊をいくらかその身に受けつつも、風の騎士は何とか結界の中に辿り着いた。
すぐに振り返って賊を睨み付ける。だがその瞳には確実に安堵の色も混じっていた。
ここは絶対防御の結界の中。
それでいて魔力を使った攻撃であれば中から外へ攻撃可能であり、その威力が倍になるおまけ付き。
その証拠に賊の攻撃は尽く防がれ弾け飛ぶ。
「ガルア!」
横に来たのは水の騎士クルトワ。
甲冑の兜を脱いでおり、汗で額に張り付いた淡い青髪をかき上げてニカッと笑って
少し離れた場所には赤色の混じる短髪黒髪の火の騎士のレヒナーもいて、こちらを気にしながら部下に指示を出している。
「お陰で助かった」
「お前たちは油断し過ぎだ」
そう言う
それから
「殲滅するぞ!!」
「おう!」
「痛ててて」
なんてことだろう。またも間の悪いことに、男がむくりと起き上がった。あの位置では間違いなく巻き込まれる。
「いきなりなにするんだ――あ、大丈夫かアドイード!?」
男は緑色の塊を抱き上げた。それは幼児だったらしい。
見たことのない種族だが、右半身には騎士剣による傷がざっくり……
しかし詠唱を止めるわけにはいかない。賊の殲滅が優先なのだ。
幼児の傷に手を当て蘇生を試みる男は、同性ですら欲情してしまいそうなほど完璧な容姿だ。だが身なりは浮浪者のそれより酷い。
一国の王女たる主の安全と比べるべくもない。
ただただ、タイミングが悪かった。
全員がそう自分に言い聞かせ、
放たれたすべての魔法は妖しい光に吸い込まれ、真っ白な卵になってしまったのだ。と同時に緑色の幼児が飛び起きた。
「ごはん!? ごはんだの匂いだよ!!」
男と幼児は卵をひっ掴むと一心不乱に食べ始め涙を流す。
しかしすぐに男の様子がおかしくなった。腹を押さえてボソボソ呟き始めたのだ。
そして――
なんとそのまま腹に手を突っ込んだ。とぷん、とぷんと波紋が広がるように腹回りの空間が波打っている。
「ま、魔物だ!!」
賊どもは森へ姿を消し、騎士たちは何かを探すように手を動かす男に向けて魔法を放つ。
しかし魔法は再び男たちの直前で卵になり、幼児にぱくぱく食べられていく。
「まったく、主を差し置いて食わせろだなんて図々しいやつらだ」
言いながら男が手を引っこ抜くと、小さな可愛らしい人形と木でできた戦
人形と戦槌は喧嘩でもしているのだろうか。ぽかすかと聞こえてきそうな可愛らしい動きが何故か微笑ましい。
「だ・か・ら!! オレが先だって言ってんだろこのダボハゼがぁぁぁ!!」
突然、人形が叫び戦槌をぶん投げた。
ぱたり――幼児が地面に突っ伏した。
哀れ、戦槌は幼児の後頭部に直撃、吹き出す緑の液体が水溜まりを作っていく。
寸前までにこにこ卵を頬張っていたはずなのに何故こんな……。
「あ、あどいーどぉぉぉ!?」
男は大慌てで幼児を抱き起こそうとするも「うるせぇ!!」と罵る人形のパンチで頭を吹き飛ばされ、幼児と重なるように倒れた。
突然の仲間割れに騎士たちは理解が追い付かなかった。
ただ、一人高笑いしながら卵を貪る人形に恐怖を覚えている。
やがて人形は卵をすべて平らげると「ちったぁまともな飯を用意しやがれ」と男と幼児の死体に唾を吐き蹴りまで入れて、もう一度罵りながら唾を吐いた。
それから幼児の後頭部にめり込んだまましくしく泣いている戦槌を引っこ抜き、止めとばかりに男の横っ腹を殴って仰向けにすると、ぶつくさ文句を言いながら、かっ捌いた腹の中に戻っていく――
街道の風、揺れる木々の葉、舞い降る木漏れ日に二つの水溜まり。
それは溶けたルビーとエメラルドのようにきらきら反射していた。
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