第003話 ダンジョンのごはん

 いつぶりかのごはんに、アルフとアドイードは歓喜していた。


「不味い、不味いなぁ、アドイードぉ」

「不味いねぇ、くそ不味いねぇ、ありゅふさまぁ」


 耐えがたい空腹だったにも拘わらず、つい今しがた騎士たちの魔法で作った・・・卵は驚くほど不味い。空腹は最高のスパイスなんて嘘じゃないかと思えるほどに。


 そしてそれは賊の放った斬擊で作った卵も同じだった。

 それでもまったく味のしない、しかしどこか臭みのある卵を食べないなどという選択肢はなかった。


「どいつもこいつも無地・・ばっかで期待できない……」

「ほんとだねぇ。クソばっかだねぇ」


 食べる手も文句も止まらなかった。

 だが、腹が内側から殴られるように盛り上がったの感じ、アルフは手を止めた。


「クインたちが食わせろだってさ」

「ありゅふ様に任せりゅよ」


 アルフは数少ない自分の魔物・・・・・を呼び出すべく腹に手を突っ込んだ。


 アドイードが新しくできた卵もどんどん食べていく。

 早くしなければ。もうクインに食わせる服は残っていないのだ。これで卵までなくなりましたなんて言えば、何をされるかわかったものではない。


 アルフはせっついてくる魔物を同時に引っ張り出すことに決めた。


 だがそれは悪手も悪手であった。


 腹から出てきた小さな人形と戦槌の魔物は、自分が先にごはんを食べるんだと喧嘩を始め、結果、人形がぶちギレてしまった。

 巻き込まれたアドイードは後頭部に致命傷を負い、理不尽な八つ当たりを受けたアルフは頭を吹っ飛ばされてしまう。


 悲しいかな、作った卵はすべて人形が平らげてしまい、酷い態度と共にアルフの中に戻っていった。


 それからすぐ、アドイードがむくりと起き上がった。

 頭砕きの直前、既にアドイードの後頭部に触れていたアルフが復元していたのだ。


「はわわわ、首ちょんぱより酷いよ。猟奇殺人だよ」


 アルフを見て短い手足をわたわたさせるアドイードが「起きて起きて」と揺さぶる。

 するとアルフの死体もむくりと起きあがる。いつの間にか頭も元に戻っていた。


「酷いことするなぁ……あ、卵がなくなってる!」

「全部クインが食べちゃったよ。う、うう……」


 二人は大きな溜め息を付いてガクッと肩を落とす。

 

「ごめんなぁアドイード。お腹いっぱい食べさせてやれなくて」

「ううん。大丈夫だよ。ありゅふ様はありゅふ様だかりゃね」


 目を潤ませて見つめ合い、ガバッと抱き締め合うアルフとアドイード。

 しかしすぐにアルフが結界に気が付いた。


「あ? ん? なんだ、いいものあるじゃないか」

「ふぁ、本当だね」


 アドイードも振り返りそれを確認すると「アドイード気付かなかったよ」と目を輝かせる。


「離れろ! 離れなければ貴様たちも賊と見なす!」


 火の騎士レヒナーが声を張り上げた。


 困惑していた騎士たちは、自分たちの方を見て舌舐めずりしているアルフとアドイードを完全に敵視している。


 既に賊の姿は見えないし彼らの仲間とも思えない。だが友好的な魔物でもなさそう。何より全裸。明らかに様子のおかしなこの二人を安全とは判断できなかったのだ。


「我らが聖ロポリシア王国の騎士団と知っての狼藉か!」


 続いて水の騎士クルトワが前に出て剣をアルフに向けた。

 風の騎士ガルアは万が一に備え、馬車の前に移動している。部下の白鎧騎士たちも同様だった。


「知らない知らない……っと」


 テキトーな返事をしながらアルフが結界に触れる。すると結界は消え去り、格子模様の卵になった。


「なっ!?」


 驚きを隠せない騎士たちをよそに、アルフは卵を手に取り涎を垂らしている。


「わっ、味付きだ。ねぇねぇ半分こだよ、半分こだかりゃね」


 ぴょんぴょん跳ねておねだりするアドイードは抜群に可愛かった。アルフはニコニコしながら卵を割り、大きな方を手渡す。


「わぁ、ありゅふ様大好き」


 目をキラキラさせ、とびきりの笑顔を見せたアドイードと心底幸せそうな顔のアルフ。ダンジョンの初期スキルでもある無意識の魅了が発動した。


 目の前にいたレヒナーとクルトワはひとたまりもなく、うっかり見ていた白鎧騎士たちも、一人を除いて惚けてしまう。


「ど、どうしたお前たち!」


 ガルアは惚けた白鎧騎士たちを見回したあと、最も危険な位置にいるだろう二人に駆け寄った。


「レヒナー! クルトワ! しっかりしろ!!」


 返事はない。


「何をした!?」


 剣を向けられたアルフは、食事の邪魔とかマナーのなってないやつだなと睨もうとした。けれど剣が魔法剣だと気付き目を輝かせた。

 ガルアに触れて魔力を根こそぎ奪い卵を作ってぱくり――は腹から出てきた触手に卵を奪われたためできなかった。

 泣く泣く、魔力枯渇で昏睡したガルアから剣を奪うとペロペロ舐め始める。


「悪くない。悪くないんだけどなぁ……」


 アドイードも触手に卵を奪われ愕然としていたが、アルフの言葉を聞いてレヒナーとクルトワに駆け寄り、うんしょ、うんしょ、と剣を抜いていく。


「重いなら蔓を使えばいいだろ」

「……ああ、そうだったね」


 ポカンとしてから、すっかり忘れていたという顔になったアドイードがぶるぶるっと体を揺さぶると、背中から何本も蔓が生えてきた。

 それらを器用にウネらせクネらせ二人の剣を取って嬉しそうに食べたあとで、惚けた白鎧騎士たちの剣も奪っていく。


 唯一残された白鎧騎士の一人は、馬車から姫と侍女、それから執事を連れ出そうとしていたが、迫り来る蔓に気付き剣を構えた。


「私が時間を稼ぎます! お早く! うおぉぉぉ!!」


 蔓を回避し、勇ましく叫びながらアドイードを攻撃すべく走り出した騎士だったが、アルフの一撃で呆気なく意識を失った。


「あ、ぐりゅふな君使っちゃダメだよ。またごはん盗りゃれちゃうよ」


 いつの間にかアルフの手には例の戦が握られていた。頭部の隙間から触手が見え隠れしている。


「あ、ついな。つい」


 しまったという顔のアルフに頭部を撫でられた戦槌は、残念そうに「ぎゃう」と言い残し、手の平に吸い込まれていった。


「ねぇねぇアリュフ様。アドイードこいつりゃ食べたいよ」


 アドイードが逃げたはずの姫たちを見せてくる。

 蔓でぎちぎちに拘束された三人は、顔を赤くさせたり青くさせたりしならで震えていた。


「どうかなぁ。絶対不味いと思うんだけど」

「万が一がありゅよ。特にこりぇとこりぇなんて万が一かもしりぇないよ」


 侍女と執事を指差すアドイードだが、魔法剣を舐めて僅かに満たされたアルフは首を傾げるばかりで、ちっとも卵を作ろうとしない。

 痺れを切らしたアドイードが、もう一度おねだりしよう口を開いたそのとき――アルフの首から血飛沫があがった。


「その女をこちらに渡してもらおうか」


 音もなく戻ってきた賊たち。

 倒れたアルフを踏みつけアドイードを見下ろす彼らは、誰一人として目に生気を宿していなかった。

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