第004話 血塗れアルフと真っ黒アドイード

 アドイードは倒れたアルフを見て固まっている。


「聞いてるのか。その女をこちらへ渡せ」


 しかしアドイードに賊の声など聞こえておらず、大好きなアルフの殺害を目の当たりにした衝撃に涙を浮かべる。


「あ、ありゅ、ありゅふ、さま……ア、アドイードのありゅふさま………だよ」


 まるで世界の終わりのような表情でガタガタ震え始めたアドイードが、よたよたとアルフの死体に近付いていく。


「チッ!」


 無視され続けている賊、アルフの首を切り裂いた張本人が思い切りアドイードを蹴飛ばした。


 何度か地面を弾むように転がり馬車にぶつかったアドイードは動かなくなった。しかしやがて顔を上げ、大粒の涙を流しながら、ずりずりとアルフに這い寄ろうともがき呻く。


 賊はそれを一瞥いちべつすることもなく、しおしおに枯れて拘束力を失った蔓から三人を引きずり出して顔を近付けた。


「聖ロポリシア王国第一王女エルメ様御一行。我が国への亡命は却下されたはずですが?」


 ビクッと後退ったエルメは知っていた。生気のない賊の瞳が、暗殺を生業とする王家の影の証であることを。


 本来なら爽やかであろう街道を流れる風が冷気を帯び、吹き荒び始めたそれが陽を遮る雲を呼ぶ。


「し、しかしそれは条約違反――」

「ダンジョン災害の場合はそれに限りません。我が国まで巻き込まれては困るのです」


 ガタガタ震えることしかできないエルメが、騎士や侍女に助けを求め視線を動かすも、既に彼らは短剣やナイフを突き立てられ口から血を溢していた。


 こんな理不尽があっていいのだろうか。

 父の治世は素晴らしく、平和で安定した国であったのに訳もわからず一瞬で滅びたあげく、妹の嫁いだ友好国の手にかかり殺されるなんて。


「ありゅふさま……ありゅふさまぁ……」


 話の邪魔になるアドイード目掛けて賊がナイフを投げる。

 それはアドイードの額に深く突き刺ささり沈黙をもたらした――かに思われた。


「ありゅふさまぁ……」


 額のナイフなど気にもせず、また少しアルフに近付いたアドイードの目が、いっそう強まった風と闇に侵されていくように黒く染まっていく。

 

 異様な気配を感じた賊たちは辺りを警戒し、残りはアドイードに攻撃を仕掛けた。


 だがなにもかも遅かった。


 既にアドイードの目は黒一色。


「アドイード…ノ……アリュフ………サマ …ダヨ」


 アドイードが息絶えた――

 瞬間、アルフとアドイードの体から無数の蔓が飛び出し絡み合い、束の間のうちに逆巻く怒濤どとうの如く変じたかと思えば、全方位を呑み込まんと暴れ始めた。


 悲鳴すら聞こえなかった。


 賊はもちろん光よりも速く辺り一帯を呑み込んだ蔓の波はすべてを吸収、一度だけ鼓動すると弾け、輝く緑の粒子となって地面に降り注いだ。


 風は止み、蘇った陽光は見渡す限りの惨状を露にしつつも、例年の秋と変わらず燦々としている。


 つい今しがたまで森を貫く街道であったここ、聖ロポリシア王国とマクゾルナ王国の国境大森林は、地平線の向こう側まで抉れた盆地と化していた。

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