第014話 股間の大芋虫

 レストーブの冒険者ギルドは五階建ての大きな建物だった。訓練所や倉庫などを含めると、敷地面積は相当なものだろう。


「やあマリー、この子たちの登録をお願いしたいんだけど今いいかな?」


 あまり多くない冒険者の視線を浴びながら受付に赴いたエミールは、そばかすのある一七、一八歳ほどの受付係にアルフとアドイードを紹介した。


「朝のピークは過ぎたからいいけど……そっちの小さな子もなの?」


 首を傾げてアドイードを見たマリーの少し癖のある赤毛が、ふわりと揺れ、一瞬だけ眼球がぐぐっと左右に動いた。

 おそらくラミアの血筋だろう、とアルフは思った。


「登録は十三歳からなんだけど……」

「アドイード子どもじゃないよ。そう見えりゅけど、ありゅふ様と同い年だかりゃね」


 申し訳なさそうな顔になったマリーを見て、アドイードがずずいっと前に出て胸を張った。

 しかしカウンターの真下に位置したせいでマリーから死角になっている。

 アルフが持ち上げてようやく、マリーはふんぞり返るアドイードを見ることができた。


「俺もアドイードも一七歳です。とある店舗の護衛をしていたので腕には自信があります」


 受付係と飲食エリアにいた数人の冒険者たちがピクリと反応した。

 十五歳でダンジョンとなり既に一〇年も経過しているくせに、永遠の一七歳を地でいこうとしたアルフの発言にではない。腕に自信がある、の方にだ。


 登録時に実力をアピールすることは、通常Gランク始まりのところ、Fランク以上に変更する特別試験の要求と同義なのだ。

 その合格率はとても低い。

 しかも特別試験に落ちてGランクからとなった場合、Dランクまでのランクアップ要件が厳しくなってしまう。


「え、本当にいいの? 言っとくけど、うちの特試とくしはBランク以上の冒険者との戦闘と、Cランク依頼を模した実地試験なのよ?」

「余裕だよ」


 アドイードの返答に驚いたのはマリーだけではない。

 カウンター内で作業していた受付係の全員が、今はアルフとアドイードに視線を移している。


「俺も構いません。大型の魔物討伐もしたいですし、Eランク以上の合格を目指します」

「目指すよ」


 田舎から出てきた世間知らずというわけでもなさそうだ。

 不思議と皆そう感じていた。

 アルフもアドイードも自信たっぷりだし、なによりアルフから滲み出る高貴なオーラが、それを裏付けているように思えた。


「俺も推薦する。この二人は俺を含めた衛兵四人をあっという間に無力化したんだ。それにアルフは魔法を掻き消すことができるんだ」


 どこか誇らしげに言うエミールの彼氏面に、アドイードはまたもイラッとした。


 しかし今度はアルフが『アドイードが一番だからな』と伝えてきたためご機嫌になり、鼻歌交じりに足をぶらぶらさせ始めるに留まった。

 アルフによって咄嗟に口を塞がれてもそれは変わらず、むしろ抱き抱えられるような体勢になったことを喜んでいる。

 さらにアルフの手のひらをペロペロ舐めて幸せの補給を楽しみ、うっとりしている。


「わかったわ。エミールさんがそこまで言うなら特試とくしを許可します。今週の待機冒険者でBランク以上は……」


 キリッと表情を変えたマリーがカウンター下から冊子を取り出し、緊急事態のために待機している冒険者を確認する。


雷鳴と遠吠えランブルハウリングね。これから召集するので少しお待ちください。お二人は申請書に記入をお願いします。書き方はポールがご説明いたします」

「え、僕ですか!?」


 指名され驚くハーフフットのポールに踏み台を渡し、マリーはカウンターの奥の扉へと駆け込んで行った。


「あ、あの~、すみません。僕まだ新人で……えっと、こことここの記入を……あ、あとこっちにお願いします」


 ぎこちない対応のポールだがアルフは気にせず、アドイードにも踏み台をお願いしてから、言われた通りに記入していく。

 

「あ、文字は書けますか? 無理なら代筆しますよ」


 思い出したようにそう口にしたポールだったが、どう見ても文字は書けている。

 アドイードだってペンの持ち方は変で字もちょっと崩れているけれど、読めないほどじゃない。


 しまった、という顔で真っ赤になるポールに、エミールが緊張しすぎだと小さく笑う。


「え、え~と……アルファドさんの種族は半砂吸血鬼サンドヴァンピールで職業は迷宮案内人ダンジョンガイド、アドイードさんの種族は蝶草人バタフライグラースで職業は迷宮案内人ダンジョンガイド……え、えええなんですかこれ!? ふざけてます!?」


 誤魔化すように申請書を確認したポールが大きな声を出した。

 どちらの種族も聞いたことがないし、職業だって思いっきり支援職なのだ。


「え、え、これで戦えるって本当ですか? え、強い種族ってことですか?」


 混乱するポールだったが、エミールも眉間に皺を寄せていた。


「アルフはテイマーなんだよな?」

「え、あ、ああ、え~っと、迷宮案内人ダンジョンガイドのスキルにテイムがあるんですよ」

「アドイードにもありゅよ。お揃いなんだよ」


 きょどきょどしたアルフと余計なことを言ったアドイードに、エミールは不信感を露にした。


 しかしアルフは策士だった。

 咄嗟にペンを落とし、拾い上げる際にエミールの股間に顔をぼふっとぶつけてみせる。


 するとどうだろう、エミールは耳まで真っ赤にして「あ、あ……」と狼狽え始めた。

 アルフは上目遣いで「すみません」と追撃し、恥ずかしそうに顔を背ける。


 突然流れ始めた妙な空気に、誰も何も言えなくなり、マリーが雷鳴と遠吠えランブルハウリングを連れてくるまで、沈黙が続いていた。


 ただアドイードだけは、アルフ同様エミールにも付いているだろう、股間の大芋虫を絶対に潰してやろうとメラメラしていたという。

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