第015話 ピリピリすりゅよ

 マリーがカウンター横にあるギルド職員用の扉から出てきた。


「お待たせ――え、なに?」


 暇な時間帯とはいえ、いつもそれなりに活気あるギルドの一階が静まり返っているのだ。


 アルフは顔を赤らめエミールにチラチラ視線を送り、そのエミールはやや内股でもじもじ。あんなに可愛らしかったアドイードは負の化身のような表情でふてくされている。


 さらに対応を任せたポールも真っ赤な顔でどぎまぎしていれば、マリーでなくとも不思議がっただろう。


「あ、早かったな。お、俺はちょっと腹の具合が……あとは頼む」


 マリーに気付いたエミールが、そそくさとギルドから出て行こうとする。


「え、いやお手洗いなら――」

「マリー君。そっとしといてあげなさい」


 すべてを見ていた受付係の山羊獣人の男がマリーを止めた。


 ギルドのトイレは壁が薄いのだ。男子用の個室は特に。

 一ヶ月ほど前に起きた魔物出現事件で修繕を余儀なくされた際、大きな尾をもつ種族用と女子用に多額の費用がとられたせいで作りが簡素なのだ。


「……わかりました。では試験場へご案内しますのでお二人はこちらへ来てください」


 釈然としない様子のマリーだったが、すぐに切り替えてアルフたちを連れて歩き出す。


 様子を見ていた冒険者たちもそれに続いていく。興味本意だが、あわよくばパーティーに勧誘するつもりなのだろう。


 それらをただ黙って見送っていたポールが山羊獣人の受付係に促され、慌てて申請書を掴んで追いかけたのはそのすぐ後だった。


 試験はギルド裏にある訓練施設で行うらしい。

 案内されたのは真四角の修練場の中に設けられた簡素な円形の模擬戦闘場だった。


 既に試験官役の雷鳴と遠吠えランブルハウリングは到着しており、戦士、軽戦士、犬、人魚、椅子、ババァそれぞれが思い思いに体をほぐしている。


「……バランスの良さそうなパーティーですね」


 アルフは人魚以下が気になって仕方がなかった。


「Bランクですからね」


 マリーが素っ気ない返事なのは余計な情報を与えないためだろう。


「準備時間は一〇分です。個人戦にするかパーティー戦にするかもこの時間に決めてください。なお、パーティー戦の場合、人数差は考慮されませんので悪しからず」


 息切れするポールから申請書を受け取ったマリーがぴくりと眉を動かし、小声で使用武器の確認をしてきた。


「俺はハンマーの魔物を使います。アドイードはどうする?」

「アドイードはねぇ。クインにしようかなぁ」

「クインを武器っていうのは無理があるだろ」

「ふぇ? そうかなぁ、じゃあ杖竜胆つえりんどうにすりゅよ」

杖竜胆つえりんどう?」


 聞き慣れない武器にマリーが首を捻るとアドイードが「こりぇだよ」と、自分の背より大きなそれを地面から生やした。


 一般的なスタッフのような形で、先がくるっと円を描くように曲がっている。その先端にはアルフの右目と同じ色で煌めく竜胆が幾つも咲いていた。


「少しエミールさんの杖に似てますね」


 観戦する気の冒険者やポールは驚いているが、マリーはそうでもない。草人グラースなら植物を生やして当然だと知っているのだ。


 マリーは胸ポケットから緑インクのペンを取り出し、素早く申請書に書き足していく。


「こっちが本物だもん」

『そりゃそうだけど、これは俺たちの中アルコルトルにしかない植物なんだから、出回ってなくて当然だ』


 ちょっとイジけ気味になったアドイードに、アルフが思考を伝えて宥める。

 

「それから武器以外の主な攻撃方法を教えてください」

「はい、俺はた――テイムした魔物です。重複しますが主にこいつです。あとは蔓と砂もよく使いますね」


 雷鳴と遠吠えランブルハウリングにも見えるようアルフは手のひらからグルフナと蔓を出し、ここに来るまでに作った腰袋の中のも浮かせて見せた。


「アドイードも! アドイードも蔓使うよ! お揃いだかりゃね!」


 アドイードも蔓を出してぴょんぴょんしながらお揃いをアピールしている。

 その蔓にアルフが自分の蔓をちょんっと合わせてきた。アドイードは照れ照れと頭に手を添えたあとで、同じようにつつき返し、また照れ照れと頭を触る。


「あと、アドイードは魔法も使います」


 少し大きな声で申告されたアルフたちの情報をすべて書き終えたマリーが、一呼吸置いて二人の顔を見る。


「本当に自信たっぷりですね。雷鳴と遠吠えランブルハウリングも挑発に気付いてますよ」


 こちらを見る雷鳴と遠吠えランブルハウリングの視線が鋭い。椅子にもぎょろっとした目玉が付いていて気味が悪かった。


「試験後で構いませんので、私が追記したヶ所の確認をお願いします。では一〇分後に声をかけます。それまでご自由になさってください」


 マリーは取り出した時計を確認すると、軽い会釈をしてその場を離れた。

 そしてポールの元へ行き、申請書でパシッと頭を叩いて不備を指摘していく。


「準備って言ってもなぁ」

「もう終わっちゃったね……わ、わっ」


 杖竜胆つえりんどうを引っこ抜いたアドイードが前後にバランスを崩した。


 アドイードの背に手を当て受け止めたアルフが、肩に立て掛けるように持ち直せばいいと、グルフナを伸ばしてやって見せる。

 それから腰袋に手を入れて卵を取り出し、アドイードと半分こしてかぶり付いた。


「思ったとおり人魚、椅子、ババァが美味いな。人魚は海人魚マーメイドじゃなくて空人魚エテールメイドだったか」

「でもそっちはピリピリしてりゅよ。アドイードは犬の方が好きかなぁ」

「どうする?」

「迷っちゃうね……う~ん、三回くりゃい?」


 二人の準備は味の感想を言い合うだけで終わってしまった。


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