第016話 戦闘試験

 円形の模擬戦闘場の中心に立ったマリーが準備時間終了を告げた。


「アドイードは犬の方だな」

「ありゅふ様はババァの方だね」


 二対六の不利を微塵も感じていない二人は、それぞれの担当を確認する。

 それからハンマーの魔物グルフナ杖竜胆つえりんどうをぶんぶんっと振り、肩を慣らしてからマリーの元へ向かった。


 同じく戦闘場に入ってきた雷鳴と遠吠えランブルハウリングが目の前に立ち並ぶ。


「個人戦でよろしいですか?」


 さも当然というようなマリーに、アルフはパーティー戦を申し出た。例のタコの魔物も気になるし、ぱぱっと終わらせたいのだ。


 するとずいっと犬が前に出てきた。


「おいおい、ずいぶんと挑発してくれるじゃねぇか、あぁ!?」

「犬が喋ったよ!!」


 驚いたアドイードがアルフのズボンを引っ張って「見た? 見た?」と指を差す。


「落ち着けよ。杖、落ちちゃったぞ」


 転がった杖竜胆つえりんどうを見たアルフが顎をくいっとすると、アドイードは慌てて拾おうと離れた。


 そのとき、杖を拾うアドイードの「はわわ」と「チッ、犬じゃねぇ!」が重なり、アルフには「チワワじゃねぇ」と聞こえた。

 アルフは可愛い顔を歪ませてグルグル唸っている犬、もとい犬の妖精クーシーを勝手にチワワと命名した。


 続いてアルフは戦士、軽戦士に視線をやる。

 戦士は男で軽戦士は女だった。

 二人は若い犬獣人で、よく似た顔立ちをしている。味も似たような感じだったし、もしかすると兄妹なのかもしれない。


 今度は空人魚エテールメイドを見る。

 とても眠そうにぷかぷか浮かんでいるが、魔法が得意な斥候だと直感した。

 ただ、美女が胸を丸出しなのは如何なものか。


 わざと他人の股間に顔を埋めるような男の感想としては、多少言い過ぎのような気がしないでもないが、はしたない、以外の感想をアルフが抱くことはなかった。

 そもそもおっぱいに微塵も興味がないので、仕方のないことなのかもしれないが……。

 アドイードはアドイードで、ああいう形の果物があるよね、とパパイパイの木を連想していた。

 

 椅子は元気よく上下に揺れている。おそらく屈伸のつもりだろう。近くで見ても種族はおろか、魔物なのかもわからなかった。


 そしてババァ。

 国によっては老婆を悪し様に罵る言葉らしいが、目の前にいるのは甘いお菓子の妖精のババァである。


 羽根の生えた茶色いキノコの被り物から顔だけ出した老婆のような姿だ。

 その精気を一切感じられない表情から、気に入らない被り物を無理矢理着せられた感がバシバシ伝わってくる。

 が、元からそういう姿の種族なのでなんとも言いがたい。

 

 しかしこのようなふざけた見た目とは裏腹に、強力なデバフ魔法を得意とする種族であり、甘い乳製品と特定のお酒を様々なポーションに変化させることができる、すごい種族でもある。


「おい、聞いてんのかクソガキども!」


 喋った、以外にアルフたちの反応がないせいか、犬の妖精チワワが牙を剥いて威嚇してくる。


 見た目の可愛らしい犬の妖精チワワだが、なかなかに口が悪い、とアルフは思った。

 それはアドイードも同じで「ありぇで性格も悪かったら生き人形そっくりだね」と何がおかしいのかクスクス笑っている。


「はいはい、そこまで。試験を始めますよ。言っておきますが、相手を殺したり致命傷になる攻撃は禁止ですからね。さ、早く白線より後ろに下がってください」


 無視を決め込まれたばかりか、小馬鹿にされたように笑われて、犬の妖精チワワはたいそうご立腹だった。


「ぜってぇ泣かす。速攻かけんぞ」


 他の五人は気にしてなさそうだが、リーダーがそう言うなら、と頷きながら移動していく。


「我々が戦闘不能と判断するか、降参の宣言で勝敗を決定します!」


 全員が位置についたのを確認したマリーが戦闘場から離れ、いつの間にか来ていたギルド職員たちの列に加わる。


「では――始め!」


 マリーの合図と同時に犬の妖精チワワが物凄い唸り声を上げた。すると他の五人がパッと消え、音もしなくなった。


 次の瞬間、戦士と軽戦士がアルフとアドイードの前に現れ、魔力を込めた剣を振るう。

 アドイードは肩から出した蔓を鞭のようにうねらせそれらを弾くと、そのまま二人を打ち据えながら杖をゆらゆら揺らし始めた。


「こりぇを~、ああして~、ありぇを~、こうして~、できた!」


 ずいぶん楽しそうなアドイードが杖を地面にコツンと当てた。

 杖の根元から瞬く間に魔法陣が広がっていき、戦闘場を包むように半球状の光を発生させると、すっと溶けるように消える。


 雷鳴と遠吠えランブルハウリングの速攻を防いだだけでなく、効果はともかく規模の大きな魔法にギルド職員や観戦していた冒険者が驚いている。

 

「蝶々~♪ 蝶々はいいよねぇ~♪」


 ざわめきを気にすることのないアドイードは、もう一度杖をコツンと当てた。


 今度は犬の妖精チワワの八方に蔓草の魔法陣が出現、数十匹の蝶を吐き出すと、それ自体も緑色の蝶になってひらひら舞い始めた。


 一方、アルフは足元から生やした蔓で自分を弾き跳ばし、一瞬で空中に移動していた。

 気配を消し、空から魔法を撃ち込もうと企んでいた空人魚エテールメイドを仕留めるためだ。

 背後を取られ、虚をつかれたような顔になった空人魚エテールメイドを叩き落とし、空気を切り裂く音を聞きながら腰袋を開く。


 腰袋から出たが大きな盾を作ったのと、死角から椅子の足が超高速で伸びてきたのはほぼ同時だった。

 両者の激突は凄まじく、力が衝撃波となって空気を弾いた。


 アルフは落下しつつも直ぐさま盾を虫ピンに変形させ、椅子を抱えて飛んでいるババァ目掛けて高速射出。次いでグルフナを振りかぶり、何もない空間を打撃すると、何故か椅子がべしゃっと地面に叩きつけられた。


「え、嘘……」


 マリーは信じられなかった。

 開始から一分も経たず試験官が敗北したのだから仕方がない。


 ババァは場外の壁に縫い付けられ、犬獣人の二人と空人魚、それから椅子も地べたに這いつくばっている。

 唯一、立っている犬の妖精クーシーもまた、涎を垂らして「こうさ~ん、こうさ~ん」と、うわ言のように呟いていた。


「アドイード頼む~」

「いいよ~」


 蔓の網で受け止めてもらったアルフは、アドイードにちゃんと魔法を解除するように言うと、マリーの方を向いた。


「戦闘試験は合格でいいですよね?」


 ニコッと笑ったアルフはとても爽やかだった。

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