第013話 恋心につけこむ酷いやつ

 マクゾナル王国最南端の町レストーブ。

 活気溢れる朝市が落ち着き、穏やかな空気が流れ始めた昼前の広場を、服を着たアルフとどこか不機嫌なアドイードが上官に連れられ歩いていく。


 町は魔物出現事件の被害にあった建物が多い。それでも日常は日常のままであり、修繕の音ですら最初からこの町に存在していたかのように思えた。


「本当に冒険者ギルドでいいのか? 魔法を掻き消せるアルフなら魔法関連ギルドで登録した方がいいと思うんだが」

「あはは、あそこは雰囲気が苦手で……」


 昨夜、上官直々の取り調べで嘘八百を並べ立てた結果、アルフたちは冒険者になるためこの町へやって来たことになった。


 上官が一緒なのは、夜勤開けで休日だからと仮眠程度の休憩の後でよければ、と案内を申し出てくれたから。


 本当は上官の仮眠中にタコの魔物と話をするつもりだったが、アルフもぐっすり眠ってしまったため、話し合いは持ち越しとなっている。


 また、アルフが着ている服も上官が用意してくれたものだった。

 かなり質が良く、アルフは久し振りに上質な布が肌を滑る感触を楽しんでいた。


「昼を過ぎると、あの辺りに美味い菓子の屋台が出るんだ」


 町のあらゆる情報を教えてくる上官は今、鎧姿からラフな格好に着替えている。

 しかしどこか気合いの感じられるその服装は、後を行くアルフの容姿と合間って、買い物帰りの奥方たちの格好の話題となっていた。


 真面目一辺倒だった上官が、少年の面影残した青年相手に色気付いているのだから当然だった。しかもとんでもなく美形の。


「よお、エミール! おめぇ遂にそっち側の良さを知っちまったのか~?」


 顔馴染みだろう串焼きの屋台を引く男が、ニヤニヤしながら上官に声をかけた。


「羨ましいだろ?」


 徹夜明けにしては爽やかな笑顔で返事をしたエミールが、アルフを引き寄せて肩を組んで見せる。


 男は虚を突かれたような顔になり、奥方たちからは微かに黄色い声が上がった。


 アドイードはムッとして二人の間に割って入ろうとするが上手くいかず、アルフに向かって「アドイードいりゅよ、アドイードここにいりゅよ」と自分の存在をアピールしている。


「あのぉ、エミールさん。できればこういうのはちょっと……男娼は廃業したって言いましたよね」


 話の流れでエルメリア領の町で護衛兼男娼だったことになったアルフは、昨夜からやたら密着しようとするエミールを突き離す。


「す、すまない。そういうつもりじゃなかったんだが……配慮が足りなかった」

「これからはアドイードと二人、まともな生活をしたいんです」


 エミールが離れた隙に飛び付いてきたアドイードを抱っこして、アルフはもの憂げに顔を伏せた。


 止めろとは言ったものの、きっちりエミールの劣情を刺激するアルフ。しばらく滞在することにしたこの町で顔の効くこの男を掴んで離さないためだ。


 アルフは老若男女問わず魅了する、優れすぎた自分の見た目を活用することに一切の躊躇いがない。触らせるかはどうか別として、服を脱ぐことさえも厭わない。


 特にエミールは元婚約者のルトルに、少しだけ雰囲気が似ている。

 条件次第では軽いお触りもやぶさかではない、なんて思いはするものの、そんなことをすればアドイードがキレ散らかしてまた・・国を滅ぼしかねない。


 エミールの家に間借りすることになっているが、寝室には侵入を阻む強力な結界を張ろうと決めていた。


「そ、そうだ。腹は減ってないか? 冒険者登録には実技試験があるんだ。腹が減ってはなんとやらっていうだろ?」

「ごはんは人が見てないところで……恥ずかしいですから」


 アルフは自分の種族を特殊なヴァンパイアと人間のハーフだ、とエミールだけに告げていた。


 もちろん嘘である。


 ごはんを食べる際に首を噛れば、卵ができる瞬間を見せなくて済むと思ったのだ。

 体内ダンジョンに引っ張りこんでもいいのだが、いちいち嘘を付くのが面倒臭い。

 こっそり味見したエミールの魔力はとても美味しくて、嫉妬しまくるアドイードも渋々これを受け入れている。


「そ、そうだったな。ふ、二人きりの……な」


 ぽっと頬を赤らめ頭を掻くエミールにアドイードがイラッとした。

 近くの花壇に咲く花を操作して小石を飛ばし、少年期ぶりの恋に浮かれるエミールの頬にぶつける。


「そ、それじゃあ冒険者ギルドに行きましょう。あ~、なんか蚊でもいるのかな。頬っぺたが痒いな~」


 アルフはアドイードの行いを誤魔化すように歩きだした。

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