第012話 アルフの顔とアドイードの鼻歌

 仕方がなかった。

 アルフはグルフナを振るって衛兵二人の攻撃を防ぎ、背から生やした蔓で拘束する。


 アドイードも湿った冷たい石床から蔓を生やし、詠唱中の上官ともう一人の衛兵を捕らえた。


「は、離せ!」

「こんな草なんぞ……」

「どういうつもり――っ!?」


 主たちの行動を見たタコの魔物が蛸足をうねらせ、衛兵たちの口を塞ぐ。


「ご主人様、お肉。お肉食べていいですか?」


 逃れようと必死にもがく衛兵たち。

 そんな彼らをごはん認定したタコの魔物は、動体の上の方にあるクリッとした目をギラつかせ、蛸足の付け根より少し上にある口をハグハグさせておねだりする。


「だ、駄目だ!」

「痛いことすりゅのはよくないよ!」


 絶対に危害を加えるなと念を押すアルフとアドイードだったが、蛸足を抜かれ口だけは自由になった衛兵たちに、これでもかと糾弾されてちょっぴり悲しくなった。


「き、聞いてくれ。俺たちは本当の本当に善良なんだ」

「善良なんだよ」


 攻撃されたから仕方なく反撃しただけで、悪意はまったくないと早口で告げるも、アルフはわかってもらえなかった。


激炎の牢獄ブレイズプリズン!」


 壁や天井に燃え盛り、炎の檻が作られた。

 上官の魔法である。

 大声で糾弾するだけの衛兵たちとは違い、上官は詠唱を止めることなく唱え続けており、そどころかその内容を途中で一部変化させ、自分たちごと危険な存在を閉じ込める魔法を発動したのだ。

 範囲は地下牢全体であり、ともすれば全員丸焼けになってしまうだろう。


「す、すま……な………い」


 思惑どおりなら、蔓も燃え盛り炭と化すはずだった。しかしアルフたちの蔓には焦げの一つもなく、衛兵たちを捕らえたまま。

 魔力を使い果たした上官が悔しそうに意識を手放した。


「ちょ、待って!」


 この状況、上官を説得しなければ収拾がつかない。

 そう考えたアルフは、大慌てで炎の檻を卵に変えて上官に食べさせ、起きてくれとガクガク揺さぶるも、上官はまったく目を覚まさなかった。


「アドイードに任せて」


 今度はアドイードが魔法を使った。

 優しく心地よい新緑の香、もしくは清らかな月明かりで目覚めを誘発する魔法ならどれほど良かっただろう。


 上官は今、地下牢の石床が変化した手のひら大の石葉で、ばしばしシバかれている。

 注がれる衛兵たちの視線は、まるで悪魔でも見ているかのようだ。


「も、もういい! もう止めてくれ!!」


 アルフが半泣きでアドイードを止め、くたくたになった上官を抱きかかえるように起こすと、蔓を引き千切ってごめんなさいを繰り返しながら、パンパンに腫れた紫色の顔を復元していく。


「むぅ、もうちょっとで起きたのに」


 アドイードは面白くなさそうに口を尖らせ、捕らえたままの衛兵に近付いて「アドイードの蔓を千切るなんて酷いよね」と愚痴り始め、そのうち聞かれてもいないアルフとの楽しかった旅路を鼻歌交じりに話し始めた。


 そんな様子をチラッと見たアルフは、後ろで所在なさげに浮かんでいたグルフナを呼び寄せる。


『グルフナはあのタコを連れて体内ダンジョンへ戻っててくれ。これ、おやつに食べていいからな』

「ゲァ」


 卵を見せられたグルフナは嬉しそうに返事をし、ぶわっと頭部を開くと大量の草を吐き出した。


「え――」


 それは戸惑うタコを覆い隠し、少しがさがさ揺れてから卵とグルフナごとアルフの中に吸い込まれていった。


 上官が目を覚ましたのはそれからすぐ。

 目を開けて最初に入ってきたのは、心配するように覗き込んでくるアルフの顔。その余りにも整った顔は、中性的でも女性的でもないのに同性の上官ですらドキリとさせた。しかも上着の下は何も着ていない。


「すみません。でも俺たちは本当に――」

「わ、わかった。わかったから、少し離れてくれ」


 ぱあっと明るい顔になったアルフに、上官は胸の中で何かが弾けるのを感じた。けれどそれを誤魔化すように立ち上がり襟元を正すと、小さく咳払いをしてからアルフを見た。


「あ、タコは魔物は収納・・したんで安心してください」

「話は上で聞こう。お前たちもこれ以上騒ぎ立てるな」


 言われた衛兵たちは、ほわんとした顔で頷いている。

 アルフに魅了されてしまった上官は気付いていないが、間近でアドイードの鼻歌を聴いてしまった彼らもまた、既に心ここにあらずなのだ。


 後遺症を心配するアルフだったが、それより今は上官にすり寄るのが先だと気にしないことにした。


「ありがとうございます! あなたは命の恩人です!!」


 まるで懐いた犬のようなキラキラした目をアルフに向けられた上官は、どこかソワソワしながらアルフを連れて地下牢の階段を上っていく。


「ほら、アドイードも行くぞ」


 呼ばれたアドイードがとたとた走りアルフの胸に飛び付いた。

 それから衛兵たちに振り返り「ほりゃね、ありゅふ様はの抱っこは特別なんだよ」と微笑んでみせる。


 返事はない。


 蔓から解放された衛兵たちは、虚ろな目のままアルフたちの後に続くだけだった。

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