第010話 俺たちは被害者だ!

 降りてきた衛兵は三人。

 全員がアルフたちに向けて剣を構えている。


「十三番牢、何があった!?」

「おい、なんでまた全裸なんだ! 貸してやった服はどうした!?」


 どうやら地下牢の檻には特殊な魔道具が備え付けられていたようで、魔物勧誘時に発生したアルフたちの魔力に反応し、地上で警報を鳴らしていたらしい。


 その魔力があまりにも異質で異常であったため、衛兵たちは大慌てで降りてきたのだ。


 状況は把握しきれていないが、不味いことになっていると思ったアルフは、転がっている純白のタコを指差した。


「なっ、魔物!?」

「こんなところにか!?」


 衛兵は動揺していた。

 魔物の出現など、地下牢ではこれまで一度もなかったのだ。


「報告してくる!」


 一人は元来た階段を駆け上がっていった。

 残った二人のうち一人はアルフたちの監視、もう一人は他の囚人たちの様子の確認に走る。

 動揺はしていても、冷静に行動しているところをみるに、予期せぬ事態の対処に慣れているのだろう。


 ここは治安の悪い町なのかなとアルフは思ったが、そんなことは後回し。

 朝になれば罰金と入市税の支払い、それと軽いお説教の後に町へ入れてもらえることになっているのだ。この騒動が自分たちのせいにされては今後に響きかねない……いや、確実に響く。


「えっと……なんか、他の檻から悲鳴が上がって、そしたら突然こいつが現れたんだ」


 被害者面も被害者面、アルフはアドイードを抱きしめ、怯えた様子で早く出してくれと懇願してみせた。


「それは駄目だ」

「どうして!?」


 ばっさり拒否されてしまい困惑顔を作ったアルフ。次の手を打つべく、アドイードに『泣くんだ』と思考を送る。


アドイードの泣き待ち中に確認から戻った衛兵が、意味深な顔で話し始めた。


「一人、怪我をしていたが、そいつも含めて全員気を失っている。これはやっぱりあれか……」 

「ロポリシアが消滅してからこんなことばっかりだな」

「今回はまだましだ。地下牢なら町への被害は抑えられるかもしれない」


 会話の最中もアルフたちとタコから目を話さない衛兵の二人。

 そこへ先ほど報告へ行った衛兵が、上官らしき人物を連れて戻ってきた。


「状況は?」


 ニ十代後半とおぼしき栗色髪の上官は、先端に宝石のような竜胆の花があしらわれた杖を持っている。


「十三番牢の囚人以外は全員気絶。魔物の意識もありません」


 報告を聞きながら詠唱を始める上官は、タコとアルフたを視線で捕らえて離さない。


『今だ!』


 だが様子を伺っていたのはアルフも同じ。いつでも涙を流せる状態になったアドイードの肩に置いた手に力を込める。


「ふ、ふぇぇぇ~。アドイードたち頑張って魔物と戦ったのに~」

「そ、そうだぞ。俺たちが気絶させてなけりゃ皆死んでたかもしれない!」


 畳み掛けるアルフだったが、上官は目を細めただけで詠唱続け魔法を発動した。


火炎の監獄蛇フレイムバインド!」


 上官の杖から蛇の姿の炎が三匹飛び出して、アルフたちとタコを拘束していく。


「あち、あちちち」

「ありゅふさまぁ~」


 アルフたちは絡みつかれた蛇にふーふー息きを吹きかけ、どうにか逃れようとしている。


「こいつらは? なぜ一人は服を着ていない?」

「ロポリシアのエルメリア領から逃げてきたという者たちです。人間ヒューマンの方がアルファド、草人グラースの方がアドイード。娼館の護衛係だったそうです」


 取り調べでわかったことをつらつら述べていく衛兵は、最後にアルフを見て「本当は男娼だと思いますが」と耳打ちしていた。


 色町を公共事業としていたエルメリア領で、完璧に整った容姿の平民アルフが、放っておかれるはずがないと思っているのだ。それは他の衛兵たちも同じだった。


 実は騒ぎが起こるまで、アルフがいくらで了承するかの賭け話で盛り上がっていた。


「そうか」


 ぴくっと眉毛を動かした上官が、もう一度詠唱しアルフに質問をしていく。


「お前たちは町やヒトに危害を加えないか?」

「もちろんだ」

「……魔物をこの状態にしたのは誰だ?」

「俺とアドイードだ」


 他にもいくつか安全に関わりそうな質問をした後、上官はアルフとアドイードに絡みつく蛇を消し、檻の鍵を開けるように衛兵に指示をした。


「疑ってすまないな。ここところ、魔物やヒトが突然現れる事件が頻発しているんだ」


 上官が申し訳なさそうな顔をしたのは、部下たちが下品な憶測で語ったことの謝意も含まれているのだろう。


「そ、それは大変ですね……」

「アドイード怖いよぅ」


 言いながらタコから距離を取って檻を出て行くアルフとアドイード。わざわざ熱い思いをしたかいがあったな、と心の中でしめしめ顔になった。


「よし、討伐隊が来るまで十三番牢を封印する。悪いが、後の事は頼んだぞ」


 指示を出した上官はアルフに上着をかけると、自分は魔力が少ないのだと自嘲気味に笑って詠唱を始めた。


 一般的にみて、魔法が使える平民はそう多くない。魔道具を扱うのだってそれなりに技術がいる。

 魔力の少なさに劣等感があるのかもしれないが、魔法が使える上官はさぞかし重宝されているだろう。


「量より質でも問題ないけど」


 取り調べのときにいなかった上官の味を想像し、ついアルフはボソッと呟いた。

 とにかく早く食べたいなぁなんて思っていると、なんとタコの魔物が目を覚ました。


「う、う~ん……あれ、ここどこ?」


 炎の蛇などいないも同然に体を起こし目を擦るタコの口からは、真っ赤な血が滴り落ちていた。

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