第020話 ダンジョンが動けば厄災は踊る
現場に駆け付けたアルフが見たのは、想像以上に酷い光景だった。
店の商品だけで満足できなかったクインは、討伐隊や一般人の服にも手を出しており、それを見習うようにタコの魔物もあらゆる食べ物を食い散らかしていた。
半裸で逃げ惑う者、お菓子を盗られて泣き喚く子ども、店を破壊され呆然とする者、あちこちで様々な悲鳴が上がっている。
全裸で寝転がっているのは……きっと金持ちや貴族だろう。
「ク、クイ~ン、クインさんや~い」
物陰から小声で呼びかけるアルフだったが、クインは無視を決め込んでいる。
「あああ、この町では絶対騒ぎを起こさないって決めてたのに……」
しばしあわあわしてから、頭を抱えてしゃがみこんでしまったアルフの隣で、エミールは悲壮な覚悟を決めていた。
「聞いてくれアルフ。このコート、ギルマスのなだけあってなかなかの逸品だ。俺が囮になるから、その間にクイン? あの生き人形を止めてくれ」
言う否や走り出したエミール。それを止めようとしたアルフの手が空を掴む。
「い、いや、クインを止めるなんてそんなこと――」
――できない。
そう言いかけたアルフから、突然、爆ぜる音が鳴り響いた。
振り返ったエミールが見たのは、穴という穴からプスプス煙が出ている白目を剥いたアルフ。
まるで頭蓋とその他すべての体内で焚き火が燻っているように見える。
「アルフっ!?」
踵を返したエミールだったが、猛スピードでやって来たタコの魔物にき突き飛ばされてしまう。
「おおお、どうされたのですか? 酷い有り様ではないですかご主人様……あ、ごはんですか? ごはん食べたら元気になりますか? ごはんは一番の薬ってことですか?」
タコは蛸足に持った串焼きの肉をアルフに食べさせようとぐいぐい押し付ける。
もしかするとアルフの意識があれば泣いて喜んだかもしれない。
一方で突き飛ばされたエミールは、コートが捲れあがった状態で大通りに転がっていた。
運悪く、そこは逃げ惑っていた淑女方の眼前であり、これまでの悲鳴とはまた別の悲鳴が響き渡る。
しかし、中には芋虫ごときではびくともしない魔鉄の如き精神の持ち主も散見され――
「死ね変態!!」
「この非常時になんて男なの!!」
「こんなもん踏み潰しゃいいのよ!!」
――などなど叫ぶ声が聞こえ、哀れ、エミールは本日二度目の芋虫潰しに泡を吹くこととなった。
そんなことなど気にもしないタコはしつこくアルフに肉を押し付け続けている。
そのお陰かアルフが意識を取り戻した。
「や、やめ……」
気持ちは嬉しいが、食べかけでぬめぬめの肉は気持ちが悪かった。加えて、ぐいぐいされる度に肉からはみ出た串が、アルフの頬や唇に刺さっていた。
「い、痛い――もがっ!?」
一瞬の隙間に大量の串肉が差し込まれた。
はみ出た串の鋭き先端は喉奥にぶち刺さり、ぎちぎちの口内は窒息をもたらした。
途端にのたうち回り始めたアルフを見て、タコは元気が出たとにんまり目を細めている。
性格のなのか体の構造故なのか定かではないが、そのにんまり顔はあまりにも邪悪だった。
「っ!?」
アルフの動きが止まった。
しかしボコン、ボコンと腹が波打っている。
のたうち回りながらも肉を取り出そうと必死だったアルフだが、今度は腹を押さえてあっちへバタン、こっちへバタンともがきだす。
「わぁ、ご主人様はお腹も元気なんですね」
さすが厄災のダンジョン、とタコは目をキラキラさせ蛸足を打ちならした。
元気になったアルフを嬉しそうに見てはしゃぐタコの視界には、いつの間にか少し焦げ臭い緑の塊も増えていた。
それはアルフと同じようにバタンバタンともがいている。
しかし、すぐにピタリと止まって立ち上がると、一人でバタバタするアルフを見下ろして、心底不思議そうに首を傾げた。
「こりぇ、全然楽しくないよ。遊ぶならアドイードもっと別のがいいよ」
アルフもぴたっと止まった。
だが、別の遊びを提案されたからではない。出てくるからだ。
ことあるごとに食事をクインに横取りされていたグルフナが、ついに我慢の限界を超えて腹を破って出てくるのだ。
「んぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
まさに断末魔。
アルフの叫びは天地を震わせた。
次々と落下してくる鳥たちと、ぷしゅっ、と吹き出す血飛沫に耳を赤く染め、バタバタと倒れる町人たち。
そんなものには目もくれないグルフナは、ぶち破った腹から飛びし頭部を開くと、蠢く無数の
「ああ! 私のごはんなのに~!!」
グルフナの独り占めを嫌ったタコも食事に戻ってしまう。
あとに残ったのは、腹が爆発したようなアルフの猟奇死体と、耳から血を流してうつ伏せに倒れているアドイードだけだった。
王子様はストーカーに融合されたしダンジョンにもなりました 173号機 @173gouki
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