第008話 純白のタコ

 アドイードは躊躇わない。

 それが何だろうと、アルフを苦しめた許されざる存在なのだ。思いっきりふりかぶると、鉄格子めがけてぶん投げた。


 胴体からビタンッと鉄格子に激突したタコは、ず、ずずっとぬめるように落ちてピクピク痙攣している。


「ありゅふ様起きて。悪者やっつけたよ」


 再びゆさゆさされたアルフが目を開ける。


「死んじゃうくりゃい痛かったの? アドイードがぎゅってしてあげりゅよ」


 アルフは腹に乗って胸にぴったり顔を付けるアドイードが落ちないよう、抱っこの体制をとってから体を起こした。


「……あ、ありがとな」


 優しくアドイードを撫でるアルフだったが、死んじゃうくらい痛かったのはアドイードのせい。そっとしておいてくれれば、そのうちどうにかなったはずなのだ。


 それに脇腹に添えられた手もちょっと……。

 ぷ~んと生臭いそれはタコの分泌物でねっちゃねちゃ。   

 しかし自分のために一生懸命だったアドイードを怒れるアルフではなく、何ともいえない表情で水を探すも、使えそうなのは天井や壁から滴る水滴だけであった。 


「にしても何でタコが……」


 不思議だった。

 アルフたちはダンジョンになってから海へ行ったことはない。肩から蔓を生やして様子を伺ってみる。


「こいつありゅふ様のお肉食べてたよ」

「嘘だろっ!?」


 アルフは慌ててタコをつついていた蔓を引っ込めた。

 ただのタコがアルフの腹肉を千切って食べるなど、できるはずがない。

 今度は慎重に蔓を伸ばし、反撃されないことを確認してから、恐る恐る引き寄せた。


「足先と胴体の真ん中が赤くて、他は真っ白なタコ……」

「赤いのはありゅふ様の血だと思うよ」

「マジかよ……」


 ヒト喰いタコか、迷宮寄生虫パラサイトビーストか。アルフはぞわぞわするのを我慢しながら、タコを観察していく。


 そしてどんな凶悪な口をしているのかと、くたくたのタコを逆さまにしてみた。


「んぁっ!?」


 アルフは見てしまった。

 本来、口があるべきところに生えたヒトの体、くたっとまっ開かれたその下半身を。どっちもある・・・・・・


「こ、こいつタコじゃないぞ! 夢魔の幼体だ!」

「ふぇ!?」


 興奮し始めるアルフとアドイード。ふんすふんすと荒ぶる鼻息からその度合いがよくわかる。


「はわわわわ。どうしよう、アドイード ”めっ” しちゃったよ。嫌わりぇちゃったかなぁ」

「謝れ、全力で謝まるんだ!」


 アルフはアドイードを降ろして腰袋をがさごそ漁り、降ろされたアドイードは蔓を伸ばして向かいの檻をがさごそ漁る。


「「あった!!」」


 同時に叫ぶと顔を見合せにんまり笑うアルフたち。

 それからせっせと、見付けた骨を使ってタコの回りに小難しい魔法陣を描いていった。

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