19「名も無き世界の少年と少女」

『さらばだ。我は引き続き世界を見て回るとしよう』

『ありがとう』

『……栄枯盛衰とは、儚いものだな』

『……そうだな』


 黄金のドラゴンに別れを告げた三人は、転移魔法のマーキングを辿ってエスタの故郷、小さな集落まで帰ってきた。ほったらかしの間に雑草が生え茂っていたが、それ以外は何も変わらずにあった。こじんまりとした藁の家も、廃墟もそのままである。


「久しぶりのお家だ! ただいま!」

「ここ、エスタのおうちかー!」


 エスタは、ユウとアーシャを引き連れて、おじさんの墓参りをした。彼は静かに手を合わせて、お祈りをする。


「おれ、帰ってきたよ。他の人はいなかったけど……アーシャを連れてね」


 アーシャを見ると、何も事情のわからない彼女は楽しそうに笑っている。エスタはこの無邪気な笑顔が好きだった。いつも彼女の笑顔を絶やさないように、そう生きていこうと心に誓う。



 それから約三週の後、別れのときがやってきた。世界計を見つめたユウは、躊躇いがちに目を伏せた。

 ユウは二人を呼び寄せて、言いにくそうに、だがはっきりと告げる。


「時間だ。俺はもう遠い所へ行かなくちゃならない」

「どーして?」


 アーシャが不思議そうな顔で瞳を潤ませる。ユウはそんな彼女の顔を見るのが辛かった。

 エスタがアーシャの頭を撫でて、諭す。彼も必死に堪えているような、そんな顔だった。


「わかってたことなんだ。ずっと前からいつかいなくなるって、そう言ってたじゃないか」

「じゃあ……もう、会えないの?」

「……うん。ごめんな」

「やだー! ユウ、いかないでー!」


 アーシャは顔をくしゃくしゃにして、感情を声に溢れさせた。ユウに全身でしがみついて、必死に引き止める。

 ユウは静かに首を横に振った。

 ここで嘘を吐いても仕方がない。誤魔化しは余計に裏切ることになる。世界を転々と移り渡ること。それがフェバルの運命なのだから。

 

「いやだあー!」


 アーシャは嗚咽を上げて、胸に顔を埋める。エスタは俯いて、必死に泣きそうなのを堪えている。

 こうなることはわかっていたはずなのに。ユウは心が激しく揺らいだ。

 別れを告げるには、あまりにも。あまりにも親しく濃い一年だった。

 ずっと三人だけでやってきた。自分がいなくなれば、この世界に二人きりになってしまう。それなのに、行かなければならない。こんなに心残りなことがあるだろうか。


「エスタは、いいの? いいの!?」

「そんなこと、言ったって……おれだって……おれだって! 行って欲しくないに決まってるじゃないか!」


 エスタも、とうとう我慢出来なくなった。目の端からぽろぽろと溢れさせて、ユウに抱き付く。


「いやだよおーっ! さみしいよおー!」

「うえーん!」

「うん。うん」


 服をぎゅっと掴んで泣きじゃくる二人に、ユウも感極まって。目の端に涙が溜まってくるのを堪え切れなかった。

 ユウはそれを隠すように、二人の肩を抱いた。耳元で、優しい声で告げる。


「エスタ。アーシャ。これからは二人で支え合って生きていくんだ」

「「でも……!」」

「でもじゃない。この日のために教えたこと、たくさんあるよね」

「それは……」「うん……」

「大丈夫。二人が力を合わせたら、きっとやっていけるよ……っ……もう俺が、いなくなっても」


 気付けばユウも、すっかり涙を流していた。二人の肩に、大粒の滴がかかる。

 ユウの身体が薄れていく。失われていく感触に、エスタもアーシャも否が応でも理解せざるを得なかった。

 ユウが、本当にいなくなってしまうことを。


「二人とも。大好きだよ」

「おれだって!」「アーシャだって!」


 その言葉を聞き届けて。満足そうに微笑んで、ユウは消えていった。


 アーシャは、呆然自失としてその場にへたり込んでしまった。エスタは膝を付いて、涙を絞り出す。


「「ユウ~!」」

  

 二人の慟哭が、薄暗い森に広がり渡っていった。


 泣いて。泣き続けて。どれほど泣いたことだろう。

 目を真っ赤に腫らしたエスタが、ぐしぐしと袖を拭った。


「いつまでも泣いてちゃ、ダメだよね。おれたちがしっかりしないと、ユウが悲しむよ」

「……うん。アーシャ、がんばる。ユウとの、やくそく」


 二人は、肩を支え合って立ち上がった。

 空を見上げる二人の瞳には、この厳しい世界で逞しく生きようとする強い意志が宿っていた。

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