18「そして辿り着いた場所」
ドラゴンには、しばらく近くで待機してもらうことになった。彼は気安く待機を引き受けてくれた。
ユウたちは今、廃墟に臨んでいる。
廃墟と言うよりは、巨大な船とその内部だった。木造の船などでは決してない。白銀の金属に覆われた、何か宇宙船のようなものである。少なくともユウには、そうとしか思えなかった。しかも、なぜか不思議と見覚えがある雰囲気なのである。
あちこちが痛み、無残に破壊されている。本来の入り口は閉じたままになっているが、側面に大きな穴がぶち開けられていて、そこから中の様子を窺い知ることが出来た。
「宇宙船」の中には、広大な廃墟が広がっている。内部だけで暮らせるように、コンパクトにまとめられた町のようだった。
高い建物がいくつも立ち並び、完全に壊れているが、車のようなものや電車のようなものまで残っている。非常に先進的な文明であったことは想像に難くなかった。
ユウは考える。いつだか打ち上げられていた船を調べたとき、どうもこの世界の未開ぶりと比べて進み過ぎていると感じていたが、元々彼らは異星より来た者たちだったということなのだろうか。
「すっげー建物」
「ユウのお話みたい」
きょろきょろする二人を引き連れて、ユウは廃墟の探索を開始した。人がいればと思ったが、どこにも生命反応はない。
「みんな、死んでいる……」
至る所に酷い状態の白骨が転がっていた。頭蓋が砕かれた痕のあるものや、植物の絡み付いているものもある。相当な時間が経過してしまっているようだった。
心のどこかで期待していたエスタが、しゅんと顔を暗くする。ユウは彼の頭を撫でて、慰めてあげた。
「文字……? 読めない」
「ユウ。これ、なんて書いてる?」
やがて、エスタとアーシャは金属の板を見つけた。板には、びっしりと文字が刻み込まれていた。わざわざこんなものに書くと言うことは、記録用のものだろうか。
ただその金属に、ユウははっきりと見覚えがあった。ユウは、がばっと食い入るように金属板を覗き込む。
そこには、こう記されていた。
『私たちは遥か昔、豊かな星で繁栄を謳歌していたそうです。母星の名はエストティア。
しかしあるとき、私たちは過ちを犯しました。
さらなる繁栄を求めて、宇宙侵略戦争を始めてしまったのです。
私たちは敗北しました。星を焼かれ、残ったものは僅かな人類と科学技術のみだったと言います。
以来、私たちは母星を捨て、新天地を求めて長い宇宙の旅に出ました。
これは罰なのかもしれません。
長い長い旅の末、宇宙船はついに壊れてしまいました。
不時着した新天地で待ち受けていたものは、人が暮らすにはあまりにも厳しい自然環境でした。
巨大生物の氾濫。未知の感染症。食料の不足。
一日一日と、誰かが死んでいく。残り少ない備蓄食料を巡って、血の争いが起こる。
もう耐えられない。
ヤーマー船長。どうか見つけて下さい。
自然の脅威に脅かされることのない、安住の地を見つけて下さい』
「……エスタ……エスト。そうだったのか……」
長い旅の果てに、ついに掴んだ真実。
もはや、ユウにしかわからない真実であった。ユウは自分がこの星にやって来たことに、運命の巡り合わせというものを強く感じずにはいられなかった。
約二千年もの昔、エストティアは宇宙侵略戦争を開始した。そして、増長を看過出来ないと判断され、ダイラー星系列によって無残に滅ぼされた。
残された人類たちは、三つの派閥に分かれたという。
一つは、あくまで母星に残り滅びの運命を共にすること。一つは、再起を賭けてナトゥラとヒュミテに一時的に星の管理を任せること。そして一つは新天地を求め、長い宇宙の旅に出た。
これが結末だったのだ。
一縷の望みを賭けて辿り着いた先は、彼らが暮らすにはあまりにも厳しい世界だった。
遥か時は過ぎ去り。遠く離れた異星の地で、エストティアは完全に滅びたのだ。
だが。この星で生まれてきたこの子たちに罪はない。
ユウは、エスタとアーシャを引き寄せて、強く強く抱き締めた。
「遅れて、ごめんな」
「どうしたの、ユウ?」「くるしいよ……」
「ごめんな……」
二千年も遅れてしまったことを。来られなかった母の代わりを勤めたユウは、心から愛おしい二人に詫びた。
母さんがあのとき生きていたなら。知っていたなら。きっと、こんな結末は許さなかっただろう。
全ては遅過ぎた。
エストティアの末裔はここに滅びる。最後の人類は、残念ながら再び栄えることはないだろう。
それでも。たった二つだけ、何も知らずに残った無垢な命。
せめてこの子たちは。幸せに生き抜いて欲しい。
厳しい自然溢れるこの星で、逞しく生き延びて欲しい。
自分はもういなくなってしまうけれど。ただそれだけを願う。
「エスタ。アーシャ。生きるんだ。ここで亡くなったみんなの分まで、幸せに生きるんだ」
「……うん」「わかった」
こうして、三人の旅は終わった。
ドラゴンの上から眺める世界は、とても小さかった。あれほど苦労した道のりが嘘のようである。
そして、誰も人のいない手つかずの星は。残酷にも美しかった。
山を越え、海を越え、みるみるうちに景色を後ろへ置き去りにしていく。
「あ、見えた!」
「アーシャたちの森!」
穏やかな故郷、緑針樹の森が見えた。
「おじさん」がここを定住の地とした理由。ユウは、今ならよくわかるような気がした。
緑針樹には強力な神経毒がある。巨大な生物は、この場所を恐れて近寄ることはない。
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