1「少年の旅立ち」
痩せっぽちの少年が、支度をしていた。どこからか引っ張り出してきた麻袋のようなものに、近場の森で拾い集めた木の実を詰められるだけ詰めていく。
彼の育て親であるおじさんが病気で亡くなってから、日が昇って落ちることがもう数十回ほど繰り返されていた。
彼の暮らす小さな集落には、もはや彼以外の人間は誰一人として存在しない。ここに留まっていても、無力な少年は明日をも知れぬ毎日を過ごし、いずれ孤独のまま力尽きて死を迎えることであろう。
それよりは。
少年は、ついに慣れ親しんだ生まれ故郷を捨てて、旅に出ることを決意したのだった。
他に生きている人間を探し求めて。自分が生きていける新たな安住の地を探し求めて。
「おじさんは言ってた。海っていう、水がたくさんあるところの向こうから来たって」
木の実を詰め込みながら、少年は独りごちる。一人きりになってからの癖だった。
「ならきっと。その向こうまで行けば、いるんだよね」
他の生き残りが。独りぼっちの自分を迎え入れてくれる仲間が。
少年の体つきは貧弱で、まだあちこちにあどけなさを残していた。歳にして十と少しと言った所だろう。声変わりする前の、はつらつとした高い声の持ち主である。
頬はややこけて、自然生やしたままのぼさぼさの黒髪には全く艶がなかった。ろくに栄養を取っていないことが窺える。
そして、ぼろぼろにすり切れ、所々穴の開いた土色の布の服を身に纏っていた。替えの服などはもうない。腰には、動物の皮で作った水袋が一つだけくくり付けられていた。
ようやく最後の一粒を詰め切って。袋の口を縛る。
「いるに、決まってるんだ」
袋を見つめて、もう一度。自分に言い聞かせるように、彼は呟いた。
護身用に拾った手頃な大きさの木の棒を、頼りない手つきで握る。
旅の支度を終えて。少年は藁で出来た潰れかけの廃墟から出た。
歩いて回るのに五分とかからない広さの集落を抜けて向かったのは、土が丸く盛り上がった所に、木の棒を一本突き立てただけの粗末な場所だった。
ほとんど丸一日かけておじさんの亡骸を埋めたその場所で、彼は目を瞑り静かに祈りを捧げる。
少年はおじさん以外の人を知らない。物心付いたときには、おじさんだけが側にいた。おじさんから言葉を教わり、生活に必要なだけの一通りの知識を授けられた。エスタという名も与えられた。
おじさんが死んだとき、少年が涙を流すことはなかった。
弱肉強食が支配する世界。命のやり取りが当たり前の大自然で育ってきた彼にとって、それがどう悲しむべきことなのかもよくわからなかった。
ただ、悲しいとだけ感じた。寂しいとだけ感じた。その気持ちが、彼に墓を作らせたのだった。
そして、ただ一人では生きていけないと、そのことは何となく理解していた。
だから旅に出るのだ。ここで何もせず緩やかな死を待つよりは。
たとえ旅に死んでも、生きるために。
やがて少年は、ゆっくりと目を開けた。周りを見渡せば、故郷が控える後方を除く三方が、どこまで続くとも知れない深き森に囲まれている。耳を澄ませば、小虫や鳥の鳴く声が聞こえてきた。
どこに向かうか、当てなどないが。
澄み渡る白い空を見上げて。
とりあえずお日様の照らしている方へと向かってみようかと、少年は何となく気分でそう決めたのだった。
「おじさん。おれ、行ってくるね」
その瞳に、固い決意を秘めて。小さな身体に、いっぱいの勇気とささやかな希望を詰め込んで。
果てしない森の中へと、少年は一歩を踏み出した。
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