5「緑針樹の森 4」
翌朝。爽やかな木漏れ日を浴びて、ユウはすっきりと目を覚ました。
エスタはというと、彼女の胸を枕にして気持ちよさそうに寝ている。それを起こすのも悪いかなと思いつつ、しかしいつまでも寝ているわけにもいかないので、ユウはエスタの肩をとんとんと叩いた。
「朝だよ。起きて」
「うーん。まだ食べたいよ……」
エスタは寝ぼけていた。ユウは苦笑いする。
ユウ自身も割と寝起きに弱い自覚はあるのだが、こういう自分が一番しっかりしなくてはいけない場面では警戒を怠らず、きちんと起きられるのだった。
「起きたら、朝ご飯たくさん作ってあげるから」
「ほんと……?」
そこで、エスタの意識がやっとはっきりしてきた。
「あ、ユウ。おはよう」
「おはよう。寝心地はどうだった?」
「うんとね。あったかくて、ふわふわしてて、柔らかかった」
「……率直だね。まあよく寝られたなら何より」
ユウが身を起こそうとする。エスタを包み込んでいた温かいものが、離れていく。
何となく寂しさを覚えた彼は、何となく惜しむように手を伸ばして。
ちょうど彼女の胸を良い具合に掴んでしまった。
「あっ」
思わず、ユウから短く喘ぎ声が漏れる。ノーブラなので、ほとんど感覚もむき出しだった。
手に新鮮な柔らかさを感じた彼は、無邪気にも興味を覚えて、あるいは男の本能がそうさせるのか、そのまま撫で回すような手つきで彼女の胸を弄り始めた。
「ん……」
ユウは続く声をどうにか押し殺して、彼の手をぱしっと払いのけた。
さっと胸をかばい、少し顔を赤くして、注意する。
「こら。むやみに触るもんじゃないの」
「そうなの?」
真顔でとぼけるエスタに、もしこれが天然ではなく計算ずくだったら恐ろしい男だと、ユウは心から思った。
「そうなの。はあ……その辺も含めて色々教えてあげないとね」
「色々?」
「うん。色々とね」
常識やら生きるための知恵やら。先の苦労を浮かべて、ユウはまた溜め息を吐いた。
朝食をさっと済ませて、ユウは男に変身した。日中は人の気配を探すために、こちらの姿でいた方が都合が良いからである。
今日からは彼自身とエスタに身体能力強化をかけて、エスタにも楽をさせてあげることにした。
ただし、あまり強くし過ぎると飛び跳ねたときに緑針樹の葉に掠ってしまう危険があったので、強化は三倍程度に抑える。
案の定、力を得た少年は高まった脚力をもって嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「わーい! 身体が軽くなった!」
「今日からガンガン進んでいこうな」
「おー!」
エスタはあまりものを知らないからか、言動だけ見れば年齢よりも小さな子供のようである。
そうして、昼は気力強化をかけて当てもなく森を歩き回り、夜はその場に留まって食事や入浴をし、一緒の寝袋に身を寄せ合って眠るという生活が数週間も続いた。その間、ユウは簡単な知識をエスタに教え、また一緒に水や食べ物の手に入れ方や、狩りのやり方を教えたのだった。素直なエスタは、教えられたことを何でも吸収していった。
エスタは、栄養状態が著しく改善されたことで、痩せ細っていた身体も次第に肉付きが良くなり、血色も良くなった。
森はまだ終わっていない。
しかし、永遠と変わらない景色が続くかのようにさえ思われた先で、ついに空から、視界の果てにそびえ立つ山々の姿をユウは認めた。
地上に降りたユウは、嬉しそうな顔でエスタに伝えた。
「向こうに山が見えた」
「山って、あの高い山だよね?」
「そうだよ。これでやっと長い森の生活からもおさらばだね」
「やった! 新しい場所だね」
ユウは男に戻った。
途端、かすかに特別な反応があるのに気付いた。先ほどまでは感じなかったものだった。
「ん?」
「なに? どうしたの?」
彼がよく注意を凝らしてみると、確かに人間の生命反応である。それも、次第に弱まってきていた。命の危機にあるということだった。
ユウは、反応のする方角を向いて指差した。
「あっちだ。随分弱っているけど、人の反応がある!」
「ほんと!?」
「ああ。急ごう! 背中にしっかり掴まって!」
「わかった!」
ユウは、普段はエスタのペースに合わせて行動していたのだが、本気になればやはり彼を背負って行動した方が遥かに速かった。
事は一刻を要する。彼は《マインドバースト》と《パストライヴ》も併用しつつ、全力で急いだ。
「うわ、速い」
「結構距離がある。間に合えよ!」
ひたすら飛ばしていくと、やがてユウは岩陰に一人の人物を認めた。
「あ、いた! 倒れてる!」
ユウが見つけたとほぼ同時に、エスタも声を上げた。
裸の女の子が、お腹から血を流す大怪我を負って倒れていた。
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