11「巨獣の丘 2」

 また数週間ほど、結晶の壁の手前を拠点にして、三人は広大な丘を歩き続けた。日が昇ってから沈むまで歩いて、転移魔法を使って戻る。次の日は昨日戻った場所から再開する。その繰り返しで少しずつ進んでいった。

 その間、色々なことがあった。

 まず、ずっと同じ場所を拠点にするので、いつまでも寝袋はさすがにどうかということで、ユウが雨風を凌げる程度の簡単な造りの小屋を建ててしまった。エスタとアーシャが大はしゃぎで遊び場にしたのは言うまでもない。

 丘に棲む巨獣は、首長恐竜の他にも様々な種類がおり、でかい亀のような奴や、イカのようにたくさんの足を持った奴、円盤みたいなのが空を飛んでいたりもした。ほとんど毎日知らない種類の巨獣が姿を見せて、三人を楽しませた。連中の大半は人間など餌にもならない山のようなサイズであるため、三人を歯牙にもかけず悠然と歩いているのが常だった。

 食べるものもさほどなさそうなだだっ広い丘で、どうやってこれだけの巨体を維持しているのだろうとユウは訝しんだが、何しろ地球の常識など全く通用しない異世界であるから、見慣れてからはもうほとんど気にしなくなっていた。

 恐れ知らずのアーシャが好奇心であちこちにちょっかいをかけに行っては何度か危ないことにもなり、その度にユウは肝を冷やしてフォローしに向かった。

 彼女の奔放さを除けば、大抵の生物はうっかり潰される危険にさえ気を付ければ無害だったが、中には危険なものもあった。

 例えば、気まぐれで体表に付いた大量のでか針を撒き散らす、球体状の謎の浮遊生物がいた。エスタが見た目から肉団子と呼んだので、そのまま肉団子と名前が付いた。物珍しいので警戒しつつしばらく観察していると、飛ばした針から小さな肉団子が生まれた。そうやって数を増やしているらしい。

 例えば、常時マッハ4くらいの勢いで草原を走り回る人型の巨大生物がいた。何が目的でそんなことをしているのかは皆目わからないが、辺り構わず地面を揺らし、衝撃波をまき散らすので、近寄れば大変危険である。アーシャが「はしってる!」と言おうとしたが、上手く言えなくて「はっしー!」で落ち着いたので、そいつはハッシーになった。ちなみに走っているとき、常に三人に毛むくじゃらのスマイルを向けていたという。あまりにしつこいので、エスタが「こっち見るな!」と叫んだら、ハッシーは悲しそうに顔を背けて、夕日を背に走り去っていった。エスタの心に小さなしこりが残った。

 今のはそこにいるだけで危ない(しよくわからない)奴であるが、三人に積極的に危害を加える獰猛な肉食獣にも何種類か遭遇することになった。

 中でも特に厄介だったのは、大きな群れでやってくる毛並みが黄色い連中だった。体長は二十メートル強程度で、これはこの丘に生息する他の生物に比べると随分小さい方(驚くべきことに、これが事実なのだ)なのだが、とにかく数が多い。しかも行動は組織的で、かつ非常に執念深い。狩猟犬にどこか似ているので、イエローハウンドとユウが勝手に名付けた。この数週間で、もう十回近くは襲われて撃退していた。


 そんなある日のこと。丘を歩くアーシャは、小声で自分の名前を言おうと練習していた。


「あーさ。あー、さ。あーさぁ」


 もう少しで上手く言えそうなのだが、中々言えないのがもどかしかった。もうちょっと頑張ってみる。


「あー、しゃ。あーさゃ。あーしゃ。あーしゃ」


 不意にぴたりと、発音が嵌ったような気がした。彼女はもう一度、確かめるように自らの名を呟いてみる。


「あーしゃ」


 彼女は、とっても嬉しくなった。


「いえた! ユウ、いえた!」


 大はしゃぎで、ユウの袖をぐいぐいと引っ張る。実は丸聞こえだったのだが、ユウはあえて何も知らないふりをして尋ねた。


「何が言えたの?」


 彼女は自分を指差して、にこにこした。


「アーシャ!」

「おおー! ちゃんと言えるようになったんだね!」

「うん! アーシャ、いえた!」


 えらいえらいと撫でると、アーシャは口元をにへらと緩めて嬉しそうに撫でられている。

 その様子を、横から少年がちょっぴり期待した顔で眺めていた。


「アーシャ。おれの名前は?」

「えった!」


 きゃっきゃと笑って、アーシャは即答した。少年、エスタががっくりと肩を落とす。どうせ自分だけ、とやや卑屈な気持ちになりそうになるが、そんな彼の耳元に少女は口を寄せて、


「え・す・た」


 はっとしたエスタに、アーシャがにこっと笑う。ちゃんと練習していたのだ。自分の名前と一緒に。

 エスタは、雷を受けたようにのけぞった。彼はただ、じーんと感激していた。目に涙でも浮かべそうな顔で、


「おれは、ずっと信じてたよ~!」


 エスタはアーシャを引き寄せて、頭を力いっぱいわしゃわしゃと撫でた。アーシャも彼に頭を擦り付けて、気持ち良さそうに撫でられている。


「アーシャ!」

「エスタ!」

「アーシャ!」

「エスタ!」


 そのうち互いに名前を呼び合い、両手を取り合ってるんるんと楽しそうに回り始めた。

 本当に仲が良い。ユウが微笑ましいなと眺めていると。

 そのうち、じーっと目で、二人がユウに訴えかけた。

 自分も参加しろということかと察して彼が近寄ると、二人はうんうんと頷いた。


「「アーシャ!」」「アーシャ」

「「エスタ!」」「エスタ」

「「ユウ!」」「ユウ」

「「アーシャ!」」「アーシャ」


 三人で名前を呼び合い、輪を描いてくるくると回る。それだけの遊び。

 なんだこれ。とは思いつつも、ユウは二人がとても楽しそうなので、まんざらでもない気分だった。

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