14「白砂の海岸 2」

 ユウは森に転移して木を切り倒し、再び転移してこちらまで運び出すことにした。

 木造船の設計図は「心の世界」に記憶してあるため、材料さえ用意すれば魔法で完全に再現加工することが出来る。

 ただ、緑針樹はどれもこれも樹齢が重なり過ぎて中身が朽ちているものばかりだった。数本ほど必要なのであるが、材料とするのに良さそうな木は中々見つからなかった。海岸から森までは相当な距離になってしまったため、一度転移で往復するとしばらくは休息が必要である。

 ユウは木の選定作業をのんびり行いつつ、エスタとアーシャに海のことを教える日が数日ほど続いた。潮干狩りをしたり、釣りを教えたり、泳ぎに磨きをかけたり。白砂の海岸は気候が穏やかな場所で、危険な生物なども特に生息していないようだった。


 慣れてきたし、少し遠くへ泳いでみようかということになった。男の姿のユウが最後尾に付き、エスタとアーシャがその前に横並びで仲良く泳いでいる。この頃には、エスタもクロールを覚えていた。

 陸は砂浜が途切れ、ごろごろと岩が現れるようになってきた。そこで、先行していたアーシャが向こうの岩陰からちらりと覗く棒状の何かに気付いた。


「あれ、なーに?」

「ほんとだ。なんだろ?」


 エスタも一緒になって不思議がっている。


「なんだ」


 二人の横まで進んだユウは、映ったものにはっと目を見張った。

 木造船の船首と思わしきものが、岩陰から覗いていたのである。


「船だ……! 船があるぞ!」

「「ふね?」」

「人間の乗り物だよ!」

「じゃあ!」


 興奮気味なユウの言葉にいち早く反応したのはエスタだった。海水を掻き分けて、無我夢中で前へ進んでいく。ユウもこの発見には居ても立っても居られなかった。


「俺たちも続こう!」

「あー!」


 三人が進んでいくと、それに従って巨大な船はその姿を露わにした。あちこちが朽ちて穴が空いており、現存しているのは前半分のみだった。まるで真っ二つに割られたようになっている。かつては表面に塗装がなされていたと考えられるが、ぼろぼろに禿げ上がってしまっている。マストも真ん中からへし折れていた。

 三人は船の近くの岩場に上がった。船の中が崩れると危ないからと、ユウはエスタとアーシャを船の目の前にまとめて待機させ(エスタは来たがったが宥めて)、自分だけ慎重に中を調査することにした。

 女に変身し、飛行魔法で船上に飛び上がる。重力魔法を使って体重を軽くし、腐った床を踏み抜かないように気を付けて着地した。

 足が床に着いたとき、何かが這って動くのがユウには見えた。よく見ると、ここを住処にしていた鼠のような生き物が逃げるように走っている。鼠のような生き物は、近くにあった樽の中へ身体を押し込めるようにして入り、身を隠してしまった。

 やや注意が逸れたが、気を取り直してみると、今ユウの目の前には、船室へ続くドアと下へ降りていく階段がある。ユウはまずドアの方へと進み、開けて中へ入ってみた。

 中は薄暗くなっていて、きつい磯の匂いが鼻をついた。光魔法で中を照らしてみると、まず海藻塗れになっていることがわかった。前方では本棚だったと思われるものが倒れていて、すぐ横の壁には絵の外れた額縁がかかっている。部屋の中央にあるテーブルは割れて破片になって倒れている。他にはこれと言って何も見当たらない。

 この部屋は外れだったか、と首をひねる。しかしこの船の存在する時点で、何より文明がどこかに存在していた証であり、大発見であることに違いはない。

 反重力魔法を用いて、ユウは試しに本棚を引き起こしてみた。すると、よれよれになった本のようなものが一冊だけ下から現れた。慎重に手に取ってみると、どうやら誰かの手記のようである。

 何か書いてあればと、縋る思いでページをめくっていくが、ほとんどが水でふやけてダメになってしまっていた。ただ一ページのみ、真ん中辺りに奇跡的に読むことの出来る部分があった。


『ヤーマー船――――

 ――――――――――――海より新天地を求め―――――

 ――――――――――――――――

 こんな大変なときだと言うのに――――ものだ。

 生まれた――――はエスタと名付けられた。

 我々の――――にあやかって――――

 ――――――――――――――――

 願わくば――――』


 ユウは、そこに記されていた名前を思わず二度見した。

 エスタ。確かに少年の名前が記載されている。ということは、彼はこの船で生まれたのだろうか?

 同じ名前の人違いということもあり得るが。ただエスタが言っていた「おじさんは海の向こうからやってきた」ということとも一致する。

 当てもなく旅をしてきたユウは、ついに希望を見出した。

 もしかしたら、エスタのルーツが海の向こうにあるのかもしれない。海の向こうには人間の文明があるかもしれないと。

 他の場所もくまなく調べ回ってみたが、階段を下りた先の部屋で抱き合うようにして眠る二つの人骨が見つかっただけで、他にはめぼしいものはなかった。


 探索を終えたユウは、エスタとアーシャに内容を告げた。アーシャはよくわからないのでただ頷いて聞いていたが、エスタにとってはかなりびっくりするような話だった。


「おれが、ここで……?」

「生まれたかもね」


 拾ってきた手記を手渡してみるが、エスタは残念ながら字が読めなかった。目をくるくる回して、ユウに手記を返す。よそ者のユウだけが能力で普通に読めるという奇妙なことになっていた。


「ほへー。海かあ」


 エスタはしげしげと割れた船を見上げる。自分の生まれた場所かもしれないと思うと、感慨深くなってきた。


「海の向こう、行ってみたいな」

「船旅はすごく大変だよ?」

「それでも行く。確かめたい」

「アーシャは?」

「アーシャ、ユウ、エスタ、いっしょ!」


 アーシャは力強く胸を張った。彼女は二人と別れるなんてことはもう考えられなかった。どこまでも一緒に付いていくつもりである。

 二人の強い意志を改めて受け止めたユウは、俄然やる気を出して船の制作に当たった。


 翌日。ユウはやっとのことで船を作り上げた。昨日調べた船よりも二回りは小さいが、二十人くらいが乗っても平気な立派なサイズで、華やかな色合いの船である。別の世界イスキラではポピュラーなタイプの貿易帆船だ。

 船が披露されるなりキラキラと目を輝かせていた二人は、早速船の上で探検遊びを始めた。ユウだけが真面目な顔で、あちこちから拾い集めて加工して作った備品のチェックを行っている。

 船旅が無事平穏なものになるかは、出発前の備えにも大きくかかっていると言って良い。舵と方磁針を入念にチェックして、ユウはうんうんと頷いた。もしいざとなれば、転移魔法を使って戻るという裏技もある。距離があまり長くなるとこの裏技は使えなくなるけれど。

 すると、遊んでいたはずのエスタも、真剣な顔でユウの手伝いにやってきた。彼も彼なりに自覚が芽生えてきているようだった。作業は二人が手分けで行い、手持ち無沙汰になったアーシャは横から興味本位でその様子を楽しそうに覗いていた。物を運ぶだけの単純作業は自分にもわかったので、健気にも自分から手伝った。

 こうして準備も整い、三人を乗せた船は、洋々たる大海原へと向けて舵を切ったのだった。

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