11

 「そお。」

 イズミがどうでもよさそうな声をだし、ソラの手首を開放した。ソラにはそのまま台所に逃げ込む選択肢もあったけれど、そうはしなかった。自分が、12歳だろうと15歳だろうと、世間的に見て中身が幼い自覚はあって、これまで人と接したり勉強をしたりしてこなかったつけとしての幼さが、ソラをずっと不安にさせていた。だから、世間知に長けているように見えるイズミに、本当は、ずっと訊いてみたかったのだ。俺は、どうしたらいいのかと。

 「……俺、どうしたらいいんですか。このまま嘘、ついていたくないけど、本当のこと言って、今の関係が変わるのは、もっと嫌だ。」

 正直な言葉が、丸い石みたいにころころと転がり出てきた。

 「15って、子どもじゃないでしょう。追い出されないにしても、今の扱いからはきっと、変わってしまう。それが、怖いんです。俺は、今のままでいたい。ずっと、ずっといたい。」

 ソラの実年齢とはそう離れていないはずのイズミは、それでもずっと年上に見えた。経験値が違うのだ、と思う。人間関係に関する積立みたいなものが、ソラには全然ないのに、イズミにはある。だから、三つくらいしか年が変わらないはずなのに、イズミの方がはるかに大人びて見える。だからユウは、ソラと一緒に住んでいるのに、イズミでさえ気が付いたソラの年齢詐称に気が付かないのかもしれない。イズミが年齢の基準になっているから。

 「ずっとって、なに? あんた、いつまで12だか15だかでいるつもりなの?」

 イズミが、ぷかりと煙草の煙でも吐き出すみたいに言った。

 「あんたは、育つの。いつまでも子どもではない。いつまでそうしてたら気が済むの?」

 冷たいとも取れる言葉だったけれど、ソラにはそう聞こえなかった。いっそ、やさしい、とすら思った。だから、正直に答えたのだ。

 「もう少し。もう少し、時間が欲しいんです。」

 時間が欲しい。もう少しだけ。

 ずたずたに切り裂かれ、今なお血を流す心の傷に、薄い膜でもいい、治癒の兆しが訪れるまでは。

 するとイズミは、あっそ、と、スープをすくって口に放り込んだ。

 「いいんじゃない。永遠はないって、分かってるなら。」

 分かってます、と、ソラは呟いた。分かっている。ずっと、自分に言い聞かせていることだった。永遠はない。いつか、ユウと離れるときだって、くる。だってソラとユウは、本物の兄弟じゃない。

 イズミはそれ以上なにを言うでもなく、いつも通りの行儀の悪さでスープを飲み干し、テレビを見ながらソラの勉強に少しだけ手を貸し、それから帰って行った。ソラははじめて、玄関までイズミを見送ったけれど、イズミは一度も振り返らなかったので、そのことに気が付いていなかったかもしれない。


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