3
「弟? あんたは弟に手を出すのがほんとに好きみたいだね。天涯孤独のくせに。」
投げ出すように吐かれた台詞は、耳を疑うようなものだった。
天涯孤独のくせに、弟に手を出すのが好き。
言語として矛盾しているし、ソラはユウに手など出されていない。そんな素振りすら見たことはない。
どういう意味だ、と、ソラがじっと耳を澄ませて身を固くしていると、ユウがまた低くなにか言うのが聞こえた。内容までは、今度も聞き取れない。
「見せてよ、あんたの弟。」
見知らぬ男の声が、小ばかにしたようにその台詞を口にすると、ユウが今度ははっきりと聞き取れる激したトーンで、やめて、と口にした。
「イズミには関係ないだろ。関わらないでくれ。」
「関係ない? どこが? あんたの新しい男って言うなら、俺には関係あるでしょ。新しい男できたからって、簡単に捨てられると思うなよ。」
「イズミ、」
「見せろ。」
自分に関することで、誰かが揉めている。それ自体がもう、ソラには堪えられないことだった。やめて、と言って、咄嗟に玄関まで駆け出していく。ユウが、驚いたようにこちらを見る、その視線に反応することもできないまま、ソラはユウと男の間に割り込んだ。男は、ソラを見ると、喉の奥で低く笑った。それは、どこからどう聞いても不穏な笑い声だった。
「へえ、また、ガキ。俺が育ったから、乗り換えるってわけ。」
イズミ、と呼ばれたその男は、ソラよりは年上だろうが、ユウよりはいくつか年下に見えた。18歳くらいだろうか。容姿は十分に18歳のみずみずしさを持っているのに、表情が年増の女のように、よく言えば老成した色気があり、悪く言えば随分と老けて色悪に見えた。
「そんなんじゃ、ない。」
ユウの言葉には力がなかったし、常の飄々とした雰囲気もなく、追い詰められたように聞こえた。ソラはそのことに驚き、ユウの顔を見上げた。
ユウは、ソラを見ていなかった。ただ、ソラの頭の上を越えて、イズミを見つめていた。
「……金なら、持ってけ。でも、もう家には来ないでくれ、頼むから。」
「ふざけんなよ、金で片づけられる話だと思ってんのか。」
「……思ってない。思ってないけど、金くらいでしか片づけられない話だとも、思ってるよ。」
ユウはそう呟くように言うと、唇をきつく噛み、俯いてソラの肩をリビングの方へ押しやった。
「中にいて。」
ソラは、もちろん躊躇った。これまで、ユウの言いつけに背いたことはなかった。でも、今室内に戻ることは、そのまま完全にユウとイズミに、ひいてはユウの過去に背を向けることになると思うと、言いつけにそのまま従うことはできなかった。
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