ふたり
眠ったのは、夜明け頃。目を覚ましたのは、昼頃だった。ソラはそのことを、壁にかけられている、そっけない丸型の掛け時計で把握した。遮光カーテンの引かれた部屋は真っ暗で、それだけでは時間が分からなかったのだ。
自分がこんなに無防備に、途中で覚醒することもなく眠っていたことが驚きだった。母親と住んでいた家では、夜中に何度も目を覚ました。それは、悪い夢を見たり、時にはなんの理由もなく。
ユウは、まだ眠っているのだろうか。あの、無防備の極みみたいな人は。
ソラは、音をたてないように気を付けながら身体を起こした。首をめぐらしてみても、ベッドの上に人影はない。
いない。
ただ、ほんの数時間前に知り合い、ほんのわずかな会話を交わしただけの人が、目の前にいないというだけだ。それなのに、ソラは自分が妙に焦っていることに気が付く。
いない。いない。
それは、ずっと一緒に暮らしていた誰かが、目の前から急に姿を消してしまったみたいに。
ソラは勢いよく立ちあがると、寝室を飛び出した。ドアを開けてすぐのリビング。そのソファに、ユウはすんなりした姿で座っていた。
「おはよう。」
こちらを振り返ったユウが、当たり前みたいに言う。ソラは、咄嗟に言葉を返せなかった。おはよう、なんて、そんなのどかな言葉をかけてくれるひとを、これまで知らなかったので。
「珈琲、飲む? 牛乳ないけど、砂糖でも入れて。」
ソラは、寝室とリビングの境に突っ立ったまま、首を横に振った。なにかが怖いみたいだった。とても、怖いみたいだった。
ひきつったソラの表情を見て、ユウは軽く首を傾げた。
「俺のこと、怖い?」
ソラは、こくりと頷いた。考える間もなく、自然と首が動いた。頷いてから、まずい反応をした、と我に返って、慌てた。ユウは、ソラにただ親切にしてくれているだけなのに。なにも、怖がらねばならないようなことは起きていないのに。でも、だけど、怖いのだ。ユウが、というよりも、この空間と時間が。自分が、この空間と時間にいることが。
ユウはしばらく黙っていたし、ソラも黙っていた。二人はしばらく無言で向かい合っていた。そして、それからユウは、軽く肩をすくめた。
「なにもしないよ。」
なにもしない。そんなこと、分かっているし、ソラが怖がっているのは、ユウがなにかをすることではない。ユウにだって多分、それくらいのことは知れているだろう。でも、それ以上、今言えることもできることもない気がした。
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