「ひどい雨だし、こんな時間に……家出?」

 男が軽く首を傾げると、長めに伸びた薄い色の髪が肩に流れ、甘い花の匂いがした。ソラはその匂いに気を取られながら、曖昧に頷いた。家出、というほど積極的なことをしたつもりはない。ただ、いられなくなった家を離れただけだ。ひとり、静かに。

 「歳は……12くらい?」

 「……。」

 ソラはまた、曖昧に頷いた。ソラは本当は15だ。ただ、子どもの頃からずっと栄養状態が悪かったせいか、身長が低いし骨も細い。せいぜい12くらいにしか見えないことは承知していた。

 「行くとこ、ないんだね。」

 うつくしい男娼が、ひとりごとみたいに小さく呟いた。

 「俺と一緒。」

 ソラはその発言を意外に思って、彼の白い顔を見上げた。だってさっきこのひとは、しつこい客が家に来ると言ってきかない、と言っていた。このひとには、帰る家があるはずだ。

 彼は、ソラの視線を瑕疵のないなめらかな頬で受けながら、静かに微笑んだ。ソラはその表情を見て、なぜだか分からないけれど、このひとは泣くかもしれない、と思った。もちろん、実際のところはそんなことはなく、彼はただ微笑んだだけだったのだが。

 「名前、なんていうの?」

 「……ソラ。」

 「そう。俺はユウ。」

 ユウさん、と、ソラは唇になじまない名前をそっと口にしてみる。彼は、じっとソラを見下ろし、少し笑った。

 「俺の家、そこ。」

 彼が指差した先には、こぎれいな白い壁のアパートがあった。駅の裏から歩いてほんの数分だけれど、辺りは静かな住宅街だ。

 「入って。」

 言われたソラは、躊躇った。ソラとて、自分にうっかり関われば、その相手が未成年略取の犯罪者になることくらいは認識していた。

 けれどユウは平気な顔で、またソラの背中にてのひらを当てた。その体温に、ソラの心は簡単に負ける。これまでの人生で、一度も与えられたことがないもの。

 「いいんだ。今肝心なのは、きみがずぶ濡れだってことだけだよ。」

 ユウはさらりとそう言って、アパートの一階角部屋の鍵を開け、ソラの背中を押して中に招き入れた。ソラは、躊躇ったまま、どうしていいのか分からないまま、彼の手に従った。

 「シャワーを浴びてきなよ。なにか、食べるものも用意しておくから。」

 ユウはソラの背中から手を離さず、玄関を開けて右側にある風呂場のドアを開け、ソラを中に押し込んだ。

 ソラは、ユウの浮世離れした見た目に似合わぬ強引さに驚きながら、しばらく風呂場の脱衣所に立ち尽していた。

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