ソラはユウを、思い切れない。一緒にいたい。選ばれているのが自分ではなくて、ただの誰かの代用品だとしても。

 「……俺、」

 その後なにを言えばいいのか、自分でも分かってはいなかった。なにか言わなくては、と思っただけだ。住込みの仕事を調べてくれていたイズミ。ただやみくもに、ここから出ろと言うだけではなくて、出る方法も示してくれたひと。そのひとに、自分の気持ちをちゃんと伝えなくては、と。

 なのに、言葉が出なかった。言葉にできるほど、自分の気持ちが定まっていなかった。

 黙り込んでしまったソラを見て、イズミはしばらく何事か考え込んでいたが、やがて、静かに口を開いた。

 「好きなんだね、ユウのこと、よっぽど。」

 短いその言葉に、ソラは躊躇うことなく頷いた。ユウさんが好き。その事実以上のことはなかった。

 「でもね、ユウは、あんたのこと好きじゃないって言うか、ただの代用品だと思うよ。」

 その台詞を、イズミも躊躇うことなく口にした。ソラの心臓をぎりぎりと締め付ける台詞を。

 「だから、ここを出ろって言ってるの。ずっと誰かの代用品でいるつもりなの?」

 「……それでも、俺には、ユウさんしかいなくて。」 

 「それは、あんたがまだ赤ん坊みたいなものだからでしょ。母親代わりのユウに依存してる。子どもは外に出て、他者を見つけて、大人になって行くものだよ。」

 「分からない。」

 「分かってるでしょ。」

 「分からないです。俺には、難しすぎる。」

 耳をふさぎたかった。イズミの言葉が、やさしさからくることは分かっていた。それでも、もうこれ以上、正論を聞いていたくなかった。ソラは、正論が届かない、水の底みたいな場所で育った。今更地上に引き上げられても戸惑うだけだ。馴染めはしない。

 そう、イズミに言おうとした。だから、どうか放っておいてくれと。そして、口を開こうとしたのと同時に、玄関のドアが開く音がした。ユウだ。

 「とにかく、来て。」

 イズミが低く言って、ソラの腕を掴んだ。ソラは咄嗟にその腕を振りほどこうとしたけれど、力の差があって敵わなかった。そのまま、玄関の方に引きずられる。

 「ソラ? ……イズミ、きてるの?」

 ソラが玄関に迎えに現れないことを疑問に思ったらしいユウが、沓脱に脱ぎ捨てられたイズミの靴に気が付いたのだろう、そうどちらにともなく呼びかけた。

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