四人目
ソラはユウに年齢を詐称したまま日々を過ごした。罪悪感はあったけれど、それに駆られて事実を口走りそうになるたびに、永遠ではないんだから、と、胸の内で呟いた。永遠ではないんだから、もう少しだけ。
ソラの年齢を知るイズミは、なにも言わなかった。ソラにも、おそらくユウにも。ソラは、イズミとユウが外で会っていることには気が付いていた。週に一度か二度、ユウの帰りが遅い日がある。イズミはそんな日に限って顔を出さない。そしてそんな日、ユウはいつも同じ匂いを纏って帰ってくる。その匂いは、イズミと同じだ。
自分が知らないユウがいる。
分かってる。当たり前だ。ソラはユウの気まぐれで拾われただけの存在に過ぎない。分かっていても、それが辛かった。ユウの帰りが遅い夜は、毎晩。
漢字の勉強を終え、テレビを眺めつづけ、深夜にテレビの放送が終わってしまうと、ソラにはやることがもうなくなる。時々は、ユウの本棚から本を持ち出して、ページをめくってみることもある。漢字が多すぎるのはもちろん、内容も難しすぎて、ソラにはどうしても理解ができない。
だからだろうか、と思ってしまう。
だから自分は、ユウのなにも理解できず、長い夜に置き去りにされているのだろうか。そしてイズミは、ユウを理解できるから、この長い夜をユウとともに過ごせるのだろうか。
そう考えはじめると、ソラはほとんど絶望した。自分がユウを理解できるようになる、そんな日がくるとは想像もつかなかった。だから、毎回、本を手に取るのは一瞬だけだ。
本を本棚に返してしまうと、本当にソラにはすることがなくなる。リビングのソファに膝を抱え、じっとユウの白い姿を思いかべる。念じるみたいに、強く思い描く。そうすれば、ユウが早く帰って来てくれでもするみたいに。
帰りの遅い朝、ユウは大抵土産物を買ってきてくれる。コンビニで買える菓子や、子供向けの雑誌や絵本。
「遅くなってごめんね。」
微笑むユウが、いつも遠かった。差し出される土産物を受け取り、留守番には慣れているのだ、と言うと、ユウはソラの髪を撫でてくれた。ごめん、と、唇だけで呟きながら。
ソラはその謝罪が、ただ帰宅が遅れたことに対するものだと信じて疑わない子供の顔で、頷き、笑う。本当は、ユウが、イズミといつまでも切れないで、肉体関係を結ぶために家を空けていることを詫びていると、理解してはいた。それを責める権利が、自分にないことも。
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