ソラは、心底驚いて言葉を失った。イズミも、指先で払いのけるみたいに涙を拭っただけで、なにも言わなかった。ただ、勝手に食器棚を開け、大きな皿を持ち出すと、大盛りにスープをよそった。そして、台所からリビングへ移り、テーブルに皿を置いて、むしゃむしゃと大口でスープを食べ始めた。

 ソラはしばらく、リビングと台所の境目あたりに棒立ちになって、そのさまを見ていたけれど、やがてイズミの隣に腰掛け、残っていたスープを啜った。

 無言の食事が終わると、イズミは行儀悪く足を組んでテレビをつけた。ソラは、このひとは、いつまでここにいるつもりなんだろう、と内心で疑問に思いながらも、本棚から漢字練習帳と辞典、子供用の本を持ってきて、いつものように漢字の勉強を始めた。イズミがここにいるからといって、毎日の習慣を変えるのも癪な気がしたのだ。

 イズミはソラの行動には目もくれなかったけれど、ソラが単語の意味を理解できずに辞書を引き、それでも理解に苦しんで思案に暮れていると、仕方ないな、と言いたげに眉を寄せた顔と渋々といった口調で勉強を見てくれた。ソラにとって、それはとてもありがたいことだったのだけれど、それを正直に態度に表すことがどうしてもできず、イズミと同じような顔と声で、やむを得ずと言いたげな態度で教えを受けた。

 そして、ソラが習慣にしているページ数の学習を終え、本をしまってくると、交代みたいにイズミがソファから立ち上がった。

 「あんた、いつもこうやってユウのこと待ってんの?」

 「……はい。」

 「ふうん。つまんない子だね。」

 「……はい。」

 じゃ、と短い言葉を残し、イズミは部屋を出ていった。ソラは見送ることもせず、リビングのソファに膝を抱え、テレビ番組に目をやっていた。

 部屋からイズミの気配が完全に消えると、なぜだか寂しい気がした。ソラは、自分がなんそんなふうに感じるのか分からずに、じっと座り込んだまま考え込んだのだけれど、すぐに頭をめぐらすのはやめた。どうせ、孤独だからだと分かっていた。

 それからすぐに、ユウが帰ってきた。家のものとは違うシャンプーの匂いをさせて。彼は、玄関まで出迎えに来たソラに微笑みかけ、なにか変ったことなかった? と訊いた。それは、いつもの習慣だった。ソラは、なにもないです、と答えた。ユウに嘘をついた罪悪感は確かにあって、でも、イズミのことを話す気には、どうしてもなれなかったのだ。

 

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