第14話.強い決意
あらあら。私が文字を書くだけで、そんなにおかしいかしら?
なんて捻くれた態度を取りたくなるけれど、キャシーの反応からして、それはそれはおかしなことなのだろう。つくづくアンリエッタの不真面目さが窺える。
黙り込む私が怒っていると誤解したのか、顔を青くしたキャシーがぺこりと頭を下げる。
「しょ、少々お待ちくださいませ」
いったん部屋を辞したキャシーは、革のノートと羽ペン、インクを持って素早く戻ってきた。さすがに、名門リージャス家に仕えるだけあって優れた侍女のようだ。
勉強机についた私は、もうひとつ大事なことを伝える。
「集中したいから、夕食まではそっとしておいてね」
「は、はぁ」
本当にどうしたんだこのお嬢様、という顔をしながらキャシーが辞していく。
私はドアが完全に閉まるのを待ってから、目の前のノートを開いた。
これからやるべきことはひとつ。覚えている限りの『ハナオト』の知識を、このノートにまとめておくのだ。
ゲーム本編で描かれるのは、四の月からの半年間。私の当面の目標は、花舞いの儀が行われる四の月を無事に生き延びることだが……そのためにも、未来で起こる出来事をまとめておくのは有利に働くはずだ。
まったく馴染みのない羽ペンを握って、いざ。
「……とりあえず、こんな感じかな」
私はふぅと息を吐き、びっしりと文字で埋まったノートを見返していた。
書いたのは攻略対象の名前やプロフィール、公式ホームページに掲載されている決め台詞。それに覚えている限りのイベントの詳細や、自由行動時のそれぞれの行き先についてなど。
しかし記憶というのは、本人が思うより曖昧で不確かなものである。残念ながら、正直うろ覚えなところも多かった。その中で最も自信があるのは、やり込んでいたエルヴィスルートなんだけど。
「エルヴィスはゲームと人格がまったく違うわけだから、あんまり役に立たないかもね」
はっはっはと乾いた笑い声を上げる。いや、私が調合を邪魔したせいなんだけど。
そこで一瞬黙り込む。難しかろうとなんだろうと、私はぜったいにチュートリアルを乗り越えなければならない。なぜなら――。
「心優しいエルヴィス様を取り戻すまでは、死んでも死にきれない!」
無事に生き残って、ゲームに出てくるエルヴィス様と会ってみたい。話してみたい。そのためなら、私はなんでもできる気がする。
ほぼモブな令嬢の分際で、攻略対象と恋愛するなんてむりに決まっている。だけどクラスメイトと談笑するくらいのささやかな夢なら、叶ってもいいと思うのだ。
「そのためには、この家にいる……あの男の協力を得ないと!」
闘志を燃やしていると、ドアがノックされる。部屋の外からはキャシーの声がした。
「お嬢様。お食事の準備ができました」
「うん、すぐ行くわ!」
念のためノートを本棚の奥に隠してから、部屋を出る。
私はわくわくしながら伯爵邸の食堂へと向かう。おそらく昼食を食べていないせいか、目覚めてからずっと空腹だったのだ。
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