第16話.兄との対面1


 夕食の席は大騒ぎになったが、なんとか乗りきることができた。

 おいしい料理、それに濃厚で甘いデザートまで味わったはずなのに、なんでか気力を消耗してしまったが。


 そんな私に、後ろをついてくるキャシーが控えめに話しかけてきた。


「お嬢様、お疲れですか?」

「ううん、大丈夫。あっ、そうだ。ノア……お兄様は夕食を食べられたのかしら」

「ノア様はいつも通り、簡単なお食事だけとられたようです。多忙な方ですから」


 簡単な食事というのは、おそらく軍隊の携行食レベルのものだろう。そうやって効率ばかりを重視するノアはカレンと出会うことで、人間らしくなっていくんだけど……。


 ぴたっ、と廊下の真ん中で立ち止まる私に、キャシーは不審そうにしている。


「ねぇキャシー、お兄様に取り次いでちょうだい。アンリエッタが伺いますと」

「え? ノア様に、ですか?」


 キャシーは困惑していたが、とりあえず大人しく従ってくれた。


 そうして私は、今日のうちに会うことに決めた。アンリエッタの兄――リージャス伯爵家の当主であり、攻略対象のひとりでもある、ノア・リージャスに。


 断られる可能性もあったが、十数分後、ノアからは了承の返事があったのだった。


        ◇◇◇


 ノアとアンリエッタは同じ屋敷に住んでいるが、その居住空間はほとんど重なっていない。


 アンリエッタは二階に部屋を持つが、ノアは三階にいくつもの部屋を持っている。ノアは伯爵として国家に尽くしながら、魔法騎士団の副団長という立派な肩書きを持つ。しかも騎士団の中でも一握りの人間だけが抜擢される【王の盾】の一員でもあるという超絶エリートだ。


 人呼んで”カルナシアの青嵐せいらん”。才気溢れる彼の名は国内外で知られていた。

 ドアをノックすると、「入れ」と短い返事がある。緊張にこくりと唾を呑みながら、私は執務室に続くドアを開ける。


「失礼いたします」


 一礼した私は、こちらを見向きもしない兄を見つめる。


 部屋の主であるノアは、彫刻のように美しい男だった。

 アンリエッタと同じ銀色の髪は、襟足だけが少し長い。涼しいを通り越して凍てついたような青の瞳は、机上の書類だけに注がれている。


 目鼻立ちの美しさはさることながら、座っていても分かる高身長に、鍛え上げられた武人の体躯。『ハナオト』でも特に人気が高かった絶対零度の完璧人間を前にして、感動しなかったといえば嘘になる。


 しかしいざ目の前にすると、私は緊張で固まらずにいられなかった。彼の放つ触れれば切れるほど張り詰めた気配は、距離を置いて立っていてもすさまじいものだったのだ。


 硬直する私に、ノアは書類をめくりながら冷たい声で言う。


「さっさと用件を済ませろ。お前と違って、俺は暇じゃない」


 うぐっ、辛辣。

「本当にゲーム通りの性格なんだなー」と感心すると同時、「妹に対してその態度はひどすぎない?」と思う自分もいる。

 率直にいえば、緊張で戻してしまいそうだった。画面越しではないノアの迫力がそうさせるのか。それともこれは、アンリエッタ自身の感情なのか……。


 こほん、と咳払いをひとつ。私は心を落ち着かせてから、ノアに話しかけた。


「実は、お兄様に折り入ってお願いがありまして」


 ペンの動きを止めたノアが、すっと目を細める。


「お兄様、だと?」


 その視線だけで、室内に冷風が吹き荒れた気がした。

 言いたいことは分かる。ノアとアンリエッタに兄妹らしい交流は、今の今まで一度もなかった。それが急に「お兄様」なんて呼んできたら驚くことだろう。


「ええ。お兄様に、私から、お願いが」


 あえて強調すれば、ノアは小さく鼻を鳴らして「なんだ」と先を促してくる。

 ごくり、と私は唾を呑み込む。

 この選択が正しいのかは、今も分からない。ここに来るまでに何度も迷ったのだ。


 でも、きっと、私がアンリエッタ・リージャスとして生き残るために必要なこと。最も手っ取り早い方法。それは――。



「魔力をなくしたいのです」

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