第17話.兄との対面2


「魔力をなくしたいのです」

「…………は?」

「魔力をなくす方法をご存じありませんか、お兄様」


 しばらく、執務室に沈黙が落ちる。

 それは夕食で満たされていた胃が縮んでしまうほど、身体にも心にも悪い沈黙だったが……やがて合点がいったように、ノアが頷いた。


「ああ、そういうことか」


 私はぱっと顔を輝かせる。

 そういうことです、お兄様!


「また悪だくみか。気に食わない生徒の魔力を奪ってやろうという魂胆だな?」


 いやぜんぜん違います、お兄様!

 ノアは眉間を揉みながら、怒気のにじむ声で言い放つ。


「いい加減にしておけよ、アンリエッタ・リージャス。下らない思いつきをする暇があるなら、その空っぽの脳みそに教科書の一文でも叩き込んでおけ」


 ここにカレンがいてくれたら、どんなに良かっただろう。選ばれし主人公なら、鉄壁のノアのガードだって簡単に崩せるだろうに。

 でも、ないものねだりをしたって始まらない。私は私の言葉で、この冷徹な兄を説得しなければならないのだ。


「私の話をちゃんと聞いてください、お兄様!」


 私は声を張り上げる。このまま誤解されていては、話が一向に進まないからだ。


「なくしたいのは、私の魔力です」

「……は?」

「私は、自分の魔力をなくしたいのです!」

「医者を呼ぶ」


 しかしノアはまともに取り合ってくれない。


「食堂でも騒ぎを起こしたそうだな、今日のお前はいつにも増しておかしい」


 数時間前の出来事は、しっかりノアの耳にも入っていたらしい。それを意外に思う暇もなく、彼の手が動く。

 ちりんちりーん、と手元のベルを鳴らされたら、そこで試合終了だ。私は執務机に身を乗りだすようにして訴えた。


「私は正気です!」


 至近距離で目が合えば、全身の産毛が逆立つ。それだけで泣きたくなるようなほど、冷たい目を向けられているから。


 それでも、決して自分から逸らすことはしなかった。今ここで引き下がれば、二度とノアと会話する機会はない。そんなふうに思えたのだ。

 心臓がばくばく鳴る。息が上がる。

 それでも私が引かないからか、ノアが小さく舌打ちする。


「この国に生まれた人間にとって、魔力がどれほど重要なステータスか知らないわけじゃないな」


 ひとまず会話を続ける気になってくれたようだ。私はもつれそうな舌を動かした。


「わ、私だってエーアス魔法学園の生徒です。それくらい分かっています」

「そもそもお前は、潤沢な魔力以外になんの取り柄もないんだぞ」

「そんなことありませんっ。この顔だって取り柄のひとつでしょう!」


 本心から言い返すと、ばかを見る目で睨みつけられた。そうだった、美形ジョークで笑ってくれるような生易しい兄ではないのだ。


 こうなっては致し方ない。私はひとつの手札を切ることにした。



「私、知っているんです。私とお兄様には――血の繋がりがありませんよね?」



 確信を持った口調で告げれば、ノアの片眉が上がる。

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