第18話.義兄との関係
「なぜ、それを?」
問う声には、ごくわずかな動揺が見て取れた。それをお前が知っているわけがないと言いたげなノアに、私は正々堂々と嘘を吐く。
「お父様とお母様が、事故に遭われる前に教えてくださったんです」
ノアが、年の離れた妹に愛情を抱けなかった理由……それはノアルートにて、カレンにだけ明かされる話だ。
この国には、純然たる、そして残酷な事実がある。
男は、花乙女に選ばれない。
ノアがどんなに優秀で、才気煥発な若者であっても、彼が花乙女の座を射止めることは万にひとつもありえない。
しかしリージャス家は、どうしても花乙女の座を手に入れたかった。それは名門として知られるリージャス家にとっての悲願だったのだ。
ノアを生んでから二人目を身ごもることができなかった両親は、遠縁の娘であり、強い魔力の素養を持つアンリエッタを養女として引き取ることにした。
義両親はアンリエッタを愛してくれたが、ノアは唐突に現れた義妹の存在を拒んだ。いないものとして扱い、会話もしなかった。
そんなある日。もう六年前のこととなるが、ノアが十五歳、アンリエッタが十歳のときに、両親は馬車の事故で亡くなってしまう。
しかしその翌年、ノアはひとりでエーアス魔法学園の寮に入ってしまった。
年端もいかぬ子どもの頃から、剣や魔法の才能を開花させていたノアはその能力を遺憾なく発揮し、三年後に学園を首席で卒業する。
卒業と同時に伯爵位を継ぎ、魔法騎士団にも入団を果たした。王太子に気に入られ【王の盾】に選ばれたりと、今ではノアの華々しい活躍を知らぬ人のほうが珍しいほどの有名人だ。
それでもノアの中には、延々と燻るものがあった。自分の代わりに連れてこられた幼い少女への嫉妬心や怒りだ。子どもは敏感な生き物だから、きっとそれをアンリエッタも察していたはずだ。
ゲーム本編で、アンリエッタについて深い掘り下げがあったわけじゃない。ノアルートでさえ、花乙女への屈折した思いを口にする際に名前が出るくらいだった。
だからこれは、私の憶測ではあるけど……アンリエッタの性格が歪んでいったのは、彼女の置かれた環境に大きな要因があったのではないだろうか。
まだ甘えたい盛りの年頃だ。両親が亡くなったばかりの十歳の女の子が、たったひとり、広すぎる屋敷に置き去りにされたら、どんなに寂しくて苦しかっただろう。もしかするとアンリエッタが、学園でも問題になるほど不真面目で不勉強な生徒だったのは――。
「それで? 結局、お前は何を言いたいんだ」
思索の海に沈んでいた私は、その一言で我に返る。
アンリエッタの境遇には、同情すべき点がいっぱいある。ゲームの製作陣に文句を言いたいくらいには。
でも今は、私が生き残るための手段を模索せねばならない。それにはこの冷血男・ノアの協力が必要不可欠だった。
胸に手を当てて、なるべく穏やかな心持ちで声を発する。
「私は、花乙女になるためにリージャス家に引き取られた人間です。ですが、リージャス家の悲願は今回も叶いません」
ノアは机越しに、私のことを無言で見つめている。
推し量るような目に気圧されそうになりながら、なんとか言葉を続ける。
「夢を見たんです。私は花舞いの儀で、花乙女に選ばれませんでした」
「それが予知夢だとでも言い張るつもりか?」
「ええ、予知夢です。次の花舞いの儀では――異世界から、女神エンルーナに祝福される本物の花乙女が現れます。茶色の髪に、桃色の瞳をした愛らしい少女が光る噴水から現れるんです。名は、おそらくカレン……」
予知夢を見た、なんて言い張るのは危険だったが、これくらい言わなければ頭でっかちなノアには分かってもらえないだろう。
「未来視は、それこそ花乙女に許された能力だが」
私は狼狽えない。数時間前、エルヴィスからも同じ指摘を受けているのだ。
「ええ。女神が私に同情し、夢として未来の一部を見せてくれたのかと」
「どういうことだ」
「私は、自分が花乙女になれなかった事実を認められず、魔に堕ちるからです」
その単語を口にすれば、室内の空気が変わる。
「……今、魔に堕ちる、と言ったのか?」
それは、地を這うように低い声だった。
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