第20話.ぼっちへの試練
「ええい、あっち行け! お前さんたちは、一年生には危険すぎる! しかもそんなに跳ね回ったら、装丁が傷んじまうだろ!」
長い杖を振り回して、ハム先生が本を追い払う。傷んじまうとか言いながら、ハム先生の手つきがいちばん乱暴である。
殴られては堪らないと、本が一目散に逃げていく。そんなことを何度か繰り返したところで、ようやく八割方の迷宮の書が本棚に戻っていった。
ふう、ふう、と肩で息をしながら、ハム先生がこちらを振り返る。血圧が上がりすぎて倒れやしないかと心配になったが、彼は気を取り直したように嗄れた声で宣言する。
「これからお前さんたちには三人一組に分かれて、演習用の迷宮に入ってもらう」
演習用の迷宮。比較的最近になって作られた、安全性の担保された迷宮を指す言葉だ。
「迷宮の書のタイトルは『小さな木に初級魔法を当ててみよう』じゃ。本を抜けだすには、ひとりにつき一回ずつ初級魔法を木にぶつける。これだけじゃ」
うわぁ、作者のセンスを疑うタイトルだな。
「ちなみにこの迷宮の作者はワシじゃ」
言い間違えた。分かりやすくて素敵なタイトルですね!
つまりハム先生が用意したのは、指南書の一種ということだろう。迷宮の意味が歪まないように、小さな木、初級など、わざと意味を限定する単語を使っているのだ。
もちろん、このタイトルなら魔獣なんて出てこないだろう。課外学習で魔獣との戦闘を経験するのは、エーアス魔法学園でも二年生になってからとされているから。
それにしても、初級魔法かぁ。さっそく壁にぶち当たったぞ、と私は眉間に皺を寄せる。
一年生の冬ともなると、初級魔法の二つや三つくらいは習得していて当然の時期だ。だから難易度としては適切なのだろう。落ちこぼれのアンリエッタを除いては、の話だが。
「エルヴィス様は、すべての属性の初級魔法が使えるんですよね」
「すごいです、エルヴィス様。演習用の迷宮なんて、相手になりませんね」
左側からは、女の子たちのかしましい声が聞こえてくる。その内容に私は目をむいた。
――なんとエルヴィス・ハントさん、一年生にして全属性の初級魔法が使えるらしい。
ペンや教科書が動かせるとかで喜んでいる私と、レベルが違いすぎる。ひとつでいいから分けてくれないかな。
「ほれほれ、さっさと班を作るんじゃ」
欠席者がいないので生徒の数は二十一人。三人ずつ、七つの班を作っていく。
こういうとき、若者の動きは尋常でなく速い。あっという間に三人ずつ固まっていくので、のろのろしていた私は焦りを覚えた。
「ええと、私は……」
見回すと、少し離れた位置のエルヴィスと目が合う。
ぼっちの私は、思わず期待するような目でエルヴィスを見てしまう。
攻略対象とはなるべく関わらないようにしようとか言ったばかりだけど、あれは嘘だ。というかカレンが召喚されて以降の予定だから、まだちょっぴり先の話なのだ。
と誰かに言い訳しながら、両目に強い思いを込める。またエルヴィスにからかわれるのはいやだけど、背に腹は代えられない!
祈るような表情から、エルヴィスは何かしら読み取ってくれたようだ。仕方なさそうに小さなため息をついてから、私に向かって一歩を踏みだす。
しかしそんなエルヴィスと私の間に、勢いよく割り込む女子生徒がいた。
「エルヴィス様! よろしければ、わたくしと組んでいただけませんかっ?」
言わずもがな、鼻息荒くエルヴィスに話しかけるのは悪役令嬢イーゼラである。
折り目正しく振る舞っている最近のエルヴィスなので、迷いを見せながらも「分かりました」とイーゼラの提案を受け入れている。ちょっと! 裏切り者!
「それじゃあ残りのひとりは、アンリ――」
「あっ。そちらのあなた、相手がいないようですわね。わたくしたちと組みません?」
エルヴィスは何か言いかけていたが、イーゼラは別の男子生徒を呼び込んで班を作ってしまう。残りのひとりに女子を選ばないあたり、周到さが窺える。
しかし困った。唯一交流のあるエルヴィスをイーゼラに取られてしまった。
ぼっちはいやだ。ぼっちはいやだ。めげずに周囲を見回すと、気まずそうにこちらを窺っている男子生徒が二人。
こういうときは、私から話しかけるのが筋だろう。
「よ、よろしくお願いします」
「「…………」」
勇気を出して笑顔で話しかけてみるが、二人からの返事はなかった。というか、さっと目を逸らされた。辛い。
「さて、班ができたようじゃの。それでは迷宮の書を配っていくぞい」
七冊の薄っぺらい本を、ハム先生が各班に配っていく。
私の左隣の男子生徒が本を受け取る。見れば、まだ本の封印は解かれていない。
「裏表紙には本に入れる条件や、迷宮内で適用される法則、それに脱出条件が記してある。今回の場合は先ほど説明したように、初級魔法を木にぶつければ脱出できる、と書いてあるので、確認するように」
男子生徒が本を裏返すと、ハム先生の発言通りの内容が書いてあった。
「では、その班で最も優れた生徒が封印を解くように。誰も光魔法が使えない班は、ワシが代わろう。ああ、そっちの班はハント、そっちの班はリージャス以外じゃ」
ハム先生。お気持ちは分かりますが、「以外」はもはやいじめではないでしょうか!
私が心の涙を流しているとは知らず、ハム先生がエルヴィスに呼びかける。
「ハント、みなに手本を」
指名されたエルヴィスは臆した様子もない。
彼は手にした本に向けて手をかざし、すらすらと唱える。
「【コール・ルーメン】――封を解け」
エルヴィスの詠唱。
まず魔法元素へと呼びかけることで、続く詠唱内容を限定する。最小限の力で最大の効果を発揮する、現代魔法の基本形とされる呪文だ。今回は単純な一節詠唱の初級光魔法だが、これが二節だと中級、三節以上だと上級魔法が発動する。
本を縛っていた紐がひとりでに千切れたと思えば、どこへともなく消えていく。エルヴィスが本のページをめくるまでもなく、勝手に本が開いていった。
そこに何が書いてあるのかと気になって身を乗りだすが、内容を読み取ることはできなかった。
というのもページが開いたとたん、本がにわかに輝きだしたからだ。視界を焼くような強い光に、私はとっさに目を閉じる。
数秒後、クラスメイトが大きくどよめく声がした。恐る恐る両目を開けて確かめれば、そこにエルヴィスたち三人の姿はなくなっていた。
床に残されたのは、開きっぱなしの一冊の本だけ。エルヴィスやイーゼラは、物語の中……迷宮へと吸い込まれたのだ。
すごい。本当にゲームの通りなんだ、と私は密かに感激する。ざわめく生徒たちを落ち着かせるように、ハム先生が杖の先で床をこつこつ叩く。
「ほれ、お前さんたちもやってみるんじゃ」
私の班では、幸いひとりの生徒が初球光魔法を使えるという。彼がエルヴィスと同じように唱えれば、本の封印が解け、私たちも迷宮内へと吸い込まれていった。
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