第10話.妄想炸裂令嬢(冤罪)


「花乙女は未来を予知することができる、だったか。なァ――暫定・花乙女さんよ」



 この上なく緊張が高まったとき。

 私は意識して口角を上げて、口を開いていた。


「……それが、私には妄想癖がありまして」


 先を促すように、エルヴィスは無言を貫いている。私は声が震えないようにと祈りながら、苦し紛れの言い訳を紡ぐしかない。


「物静かでミステリアスなエルヴィス・ハント様が、もしも誰よりも優しくて甘い好青年だったら――という妄想をして過ごすのが日課なんです。先ほどはつい興奮して、その妄想について熱く語ってしまいましたわ」


 うふふ、と恥じらいながらも微笑む淑女。そんな表情を作ってみせる。

 エルヴィスの誤解は自然なものだが、そもそも私は花乙女ではない。ザコ令嬢なのである。


 目を細めて、そんな私をじぃっと見つめるエルヴィス。私は汗をだらだらかきながら、そんな彼としばし向かい合っていたのだが……。


「ま、そういうことにしといてやるか」


 完全に疑いが晴れたわけではなさそうだが、解放してもらう。私はぜえぜえ息切れしながら、調合台に戻るエルヴィスからさりげなく距離を取った。


「言っておくが、オレの本性については他言無用だ。喋ったらどうなるか――分かるな?」

「も、もちろん、承知しておりますとも!」


 もうさっさと薬学室を出ていったほうが身のためだろう。忍び足で逃げようとする私の背中に、エルヴィスが世間話を振るように声をかけてくる。


「それにしても、アンリエッタ。お前がそんなにオレのことが好きだとは知らなかった」


 ん? なんだって?

 聞き間違いかと、立ち止まって振り返る。ふっ、と小馬鹿にするように口角を上げるエルヴィスと目が合った。


「オレで妄想して、自分を慰めてたんだろ? 実力もないくせにお高く止まった女だと思ってたが、少しはかわいいところがあるじゃねェか」


 しばらく硬直していた私の顔から、ぼふっと湯気が出る。そう錯覚するほど顔が熱くなっていた。


「ば、ばば、ばかなこと言わないでっ! 私が好きなのはエルヴィス様であって、あんたじゃないから!」


 自分では必死に考えたつもりだったが、クラスメイトがもし自分にだけ優しかったらと妄想して楽しんでいた――なんて、ふつうに告白するよりも恥ずかしい告白だ。エルヴィスが勘違いするのも無理はないが、アンリエッタの名誉のためにもしっかり否定しておかなくては。


「はいはい。そういうことにしとくわ」


 一切信じていないだろう口調で平然と吐き捨てて、エルヴィスは鍋の片づけを始める。

 ぐぬぬぬと私は唸った。何を言ってもエルヴィスの誤解が解けることはないだろう。


 それなら、もう開き直るしかないのかも。そう思い至った私は、ぼそりと口にしていた。


「……次こそ作ってよ、魔法薬」

「なんだと?」

「さっきの魔法薬、もう一回作り直して! それで、私を理想のエルヴィス様に会わせてくださいっ! どうか、何卒、よろしくお願いしますっ!」


 プライドと羞恥心をかなぐり捨てて、勢いよく頭を下げる。

 現在進行形で、チュートリアルで死ぬ伯爵令嬢に転生するなんて悲惨な目に遭っているのだ。せめて推しに出会えるくらいのご褒美がなければ割に合わない。


 しかしエルヴィスの返事は素っ気ないものだった。


「お前に言われなくても、作りたいのは山々だけどよ。それは無理な注文だな」

「な、なんで?」

「人格反転の魔法薬には、魔喰い花を始めとして貴重な材料ばかり必要なんだ。今日の調合にだって、ようやく漕ぎ着けたんだからな」


 ふぅ、とエルヴィスがため息をつく。横顔に今までの苦労がにじんでいる気がして、私は神妙に頭を下げた。


「ごめんなさい」

「へぇ、案外素直だな」

「調合が失敗したのは私のせいなので。それはちゃんと謝ります」

「お前こそ、人格反転してねェか?」


 ギックーッ。


「気のせいです! でも――私がいずれ、ぜったいに材料を手に入れてみせるので! そうしたら、ちゃんと調合して人格反転してくださいね! 約束ですからね!」


 私はそう言い残すと、急いで薬学室を出たのだった。

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