第13話.自宅、豪邸だった


 薬学室から這々の体で逃げたあと。


 私は、リージャス家の立派な馬車に乗って帰路に着いていた。

 エーアス魔法学園は全寮制の学園。普段ならアンリエッタも寮に戻っていたのだが、週末は王都内にあるリージャス家の屋敷に帰るのが彼女の習慣だった。


「なんか、早くもやらかしちゃった気がする」


 遠い目をして呟く。やっちゃったことは仕方ないので、諦めて景色を楽しむことにした。


 窓の外の景色はあちこち白い。カルナシア王国では最も冷えるのが一の月とされるので、少しずつ積もった雪が溶けだしているようだ。外はさすがに冷えるが、校舎内も馬車の中もまったく冷えていないのは、魔法で温度や湿度を調整しているからだろう。


「『ハナオト』だと春からの半年間が描かれてたから、冬ってだけで新鮮だなぁ」


 この世界における一年は三百六十日で、十二の月に分かれている。一か月ごと必ず三十日ずつなのは分かりやすいが、曜日という概念がないのは現代人にはネックである。


 言うなれば今日は金曜日なので、週末は慣れ親しんだ屋敷に戻ってゆっくりする生徒が多い、ということ。アンリエッタもそのひとりだというのは、私にも不思議と把握できていた。それで荷物をまとめたあとは、外出許可証をもらって学園を出てきたのだ。


 この大陸がどの惑星にあるのかは不明だが、『ハナオト』は日本の会社が作っている乙女ゲームなので、魔法に関係しない分野は日本風だったり、はたまた西洋風だったりする。変に捻くれた独自性がないのは、転生したばかりの私としては大変ありがたい。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 屋敷につくなり私を出迎えたのは、侍女のキャシー。年齢は私よりひとつ下の十五歳だ。

 お仕着せ姿の彼女は暗い色合いの茶髪をポニーテールにまとめている。鼻にちょこっと散るそばかすが幼げで、かわいらしい女の子だ。

 彼女はゲーム内には登場していない。チュートリアルで死ぬ令嬢の侍女、なんて役回りからして当然なのだが……それでも名前が頭に浮かぶということは、やはり私にはアンリエッタの記憶の一部が共有されているのだろう。


 年齢が近いから、打ち解けてお喋りできたら楽しそうだ。でもキャシーの態度は余所余所しく、私とまったく目を合わせてくれなかった。

 たぶんというか、間違いなくというか、アンリエッタは彼女にとってあまりいい主人ではなかったのだろう。これから仲良くなれたらいいけど、と考えながら馬車を降りた私は、そこで思わず口をあんぐりと開けた。


 アンリエッタの家、すっっっご!


 こういうのをクラシカルな佇まい、というのだろうか。ゴールデンレトリバーが何匹でも走り回れそうなほど広い庭に、重厚感ある大きな洋館は、まさにお金持ちの家。といっても成金ではなく、何代も続く歴史ある名家、という感じである。


 威風堂々とした伯爵邸の周囲に目立つ建物はなく、きっと周囲一帯がリージャス家の所有地なのだろう。王都の一等地に悠々と構えられた邸宅に、私はすっかり圧倒されていた。


「アンリエッタお嬢様? どうかされました……?」


 恐る恐る名前を呼ばれて、正気に戻る。

 いけないいけない。貴族の令嬢らしからぬ間抜けなぽかーん顔を晒してしまった。


「なんでもないわ」


 今日のうちに屋敷内を隅々まで探検したいくらいだったが、とりあえず記憶に従って自室に向かってみる。


 意外というべきか、アンリエッタの私室はすっきり整頓されていた。といっても、掃除は普段からキャシーたち使用人がやってくれているのだろう。

 ふかふかのソファにいそいそ座ってみる私に、キャシーが声をかけてくる。


「本日は夕食まで、お部屋でお休みになられますか。それとも入浴のご準備を」

「ごはんで」

「か、かしこまりました」


 しまった。いろいろあってお腹が空いたせいか、食い気味に返事をしてしまった。


「それとキャシー。ちょっと書き物をするから準備してちょうだい」

「えっ。お嬢様が書き物を……?」


 最高の座り心地にうっとりしながら見やれば、キャシーは分かりやすく戸惑っていた。

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