チュートリアルで死ぬ令嬢ですが、攻略対象たちの溺愛が止まりません!
榛名丼
第1章
第1話.彼女の終わり
……ああ、うるさい。
「ごきげんよう、アンリエッタ様」
「リージャス家のご令嬢は今日も麗しいですね」
「まるで真冬の湖に住む、神秘の精霊のようですわ……」
当たり前のことをぴーちくぱーちくと囀る生徒の間を、私は早足で歩いていく。
別に行きたい場所があるわけじゃない。誰かと約束があるわけでもない。むしろ、そう、誰もいないところに行きたいだけだった。
そうして廊下を突き進む私の耳に、聞こえる。
「暫定・花乙女……」
ぼそり、と落とされた一粒の悪意が――心に波紋を広げていく。
思わず立ち止まった私は、周囲を睨みつけた。
「誰よ、今の」
人前では気丈に振る舞いたいのに、知らず唇が震える。そんな動揺を隠すために、無理やりにでも声を張る。
「今のは誰が言ったのよ!」
そう金切り声で叫んでも、生徒たちは困ったように顔を見合わせるだけだ。また私が問題を起こしたとでも言いたげに、揃って被害者の顔をしている。
でも私は知っている。なんの悪意もない振りをして、こいつらは私を嗤っているのだ。この場を私が去れば、勝ち誇ったような笑い声を上げるに違いない。
広い廊下に沈黙が満ちる。どうすればいいのか分からず、私は強く唇を噛んで俯く。そうして隙を見せたとたん、名前も知らない生徒たちは再び親切心を装って声をかけてくる。
「どうされましたか、アンリエッタ嬢」
「お加減が優れないとか?」
「花舞いの儀は一か月後ですから、気が昂ぶっておられるのでは」
「授業はお休みになられたほうが」
うるさい。うるさい。うるさい!
私の気持ちなんて、なんにも知らないくせに!
私は大きく首を横に振って、走りだす。
もういやだ。この場から逃げだしたい。誰もいないところへ。誰も私を知らないところへ。誰も私を見ないところへ――。
次の瞬間だった。がくんっ、と足元が崩れたかと思えば、私の身体は宙に投げだされていた。
長い髪がふわりと舞う。妙にゆっくりと流れる時間の中で、自分が階段を踏み外したのだと遅れて気がつく。
落ちていく私が、最後に聞いたのは――切羽詰まった男性の声だった。
「アンリエッタ嬢!」
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