第3話.私の転生先、詰んでた


 女性向け恋愛アドベンチャーゲーム『聖なる花乙女の祝福を』。

 通称『ハナオト』と呼ばれる乙女ゲームのあらすじは、こんな感じだ。


 ――百年に一度。カルナシア王国には、女神エンルーナに祝福された「花乙女」と呼ばれる少女が誕生する。


 花乙女は、心を通わせた相手の能力を飛躍的に上昇させるという、唯一無二の魔法を持つ特別な存在だ。強い魔力を有する学生ばかりが通うエーアス魔法学園では、春になると花舞いの儀と呼ばれる儀式が執り行われ、そこで花乙女が見出されるのだ。


 前回の花乙女が現れてからちょうど百年目となる今年は、きっと新たな花乙女が誕生するはずだと国内の期待も大きく高まっていた。

 そしてこの花乙女に選ばれるのが、花恋ことカレン。異世界から召喚されし少女である。


『ハナオト』の主人公であるカレン(※名称変更可能)は、茶髪にピンク色の瞳の少女で、さすが乙女ゲームのヒロインという感じの愛らしい容姿の持ち主だ。

 カレンはエーアス魔法学園でとびきりのイケメンたち……攻略対象に出会い、彼らと絆を育んでいく。数々の事件やドキドキするイベントを乗り越えながら、一人前の魔法使いとしても成長していくのだ。


 ちなみに攻略対象は四人いて、その四人の攻略を終えると隠しキャラのルートが解放される仕組みになっていて……って、重要なのはそこじゃない。

 問題なのは私が、伯爵令嬢アンリエッタ・リージャスに転生してしまったらしいということだ。


 アンリエッタは魔法の名門、リージャス伯爵家の長女である。生まれつき高い魔力を有しているアンリエッタだが、その態度は高慢で高圧的。家柄と魔力を鼻にかけて尊大に振る舞うものの、不真面目がたたって魔法の腕前はからっきしの令嬢である。


 魔力が高いからと、努力せず花乙女に選ばれるなら誰も苦労はしない。そんな揶揄や皮肉を込めて、誰が呼んだか暫定・花乙女。このあだ名だけで、アンリエッタが周囲からどんな評価を受けていたのか分かろうというものだ。

 それでもアンリエッタは、自身が花乙女に選ばれる未来を夢想して生きてきたわけだが……そんな輝かしいはずの未来は、突如異世界から現れたカレンに奪われてしまう。


 強いショックを受けたアンリエッタはカレンに「どうしてあんたが」「なんでよ」と恨み言を喚き散らした末に理性を失い、魔力を暴走させ――結果的に、


 つまりアンリエッタとは、ゲームの序盤も超序盤――チュートリアルで死ぬザコ令嬢なのである!


 まぁザコといっても、魔力を暴走――ゲーム内では魔に堕ちると表現されていた――させてしまった人間は、一時的に戦闘力が驚くほど高くなる。ほとんど魔獣に近いような、理性のない凶悪な強さを手に入れるのだ。


 そんな危険な相手には、本来であれば学園の教師で総掛かりになるべきだと思う。しかしそこは乙女ゲームなので、なぜか若き身空の少年少女が矢面に立って戦うことになっている。最終的にアンリエッタは自滅というか、自分の魔力に呑み込まれて死んじゃうから、この最初のバトルは耐久戦なんだけど。


 ちなみにここでカレンが「一緒に戦う相手は……?」で選んだ人物とのルートが確定して、ゲーム本編が進行するようになる。私が最初に選択したのはエルヴィス様だったなぁ。

 あっ、エルヴィス様っていうのは通常版のパッケージでもいちばん扱いが大きい攻略対象で、何を隠そう私の推しで…………。


「う、うううぅ……」


 ぐるぐるぐるぐると頭の中を記憶が巡る。いろんなことを次々と思いだしていくせいで、思考が追いつかない。気分が悪いならもう少し休むように、と再びベッドに寝かされてしまった私だけど、むしろ気分はどん底まで落ちつつあった。


 そもそも私、どうして転生したんだろう。事故か病気とかで死んじゃったってことなのかな。

 前世の名前は思いだせないけど、確か年齢は三十代だった。いろんな事務職を派遣で転々としていたと思う。

 人生で一度も彼氏はできなかったけど、毎日の楽しみは家に帰ってプレイする乙女ゲームだった。特に好きなタイトルは『ハナオト』他、『パフェラブ』に『ドキトキ』などなど……自分の人生より乙女ゲームに関する記憶のほうが濃いのって、なんかもの悲しいな。


 というか年内には『ハナオト2』が発売される予定だった。それを楽しみに仕事をがんばってたのに、プレイする前に死んでしまうなんて想定外だ。プロデューサーのインタビューによると2では『ハナオト』のイフ展開が描かれるらしく、ヒロインは同じでも舞台は別の学園という話だったので、エルヴィス様が出ないなら諦めはつくけど。


 それにしても、さすがにアンリエッタに転生はおかしくない? サイアクすぎない? いや、これってただの夢? でもそれにしてはリアルすぎるし、頬を引っ張ってもふつうに痛い。


 ベッドに横たわったまま、私は室内を見回す。窓の外は夕焼けの色をしているので、アンリエッタが昼休みに階段を落ちてから数時間は経っているようだ。異様にお腹が減っている理由は、お昼ごはんを食べ損ねたからかもしれない。


 注目したのは、全体的に古めかしい印象を受ける医務室の設備や調度品である。建物自体が老朽化しているわけじゃなく、私の生きていた時代と文化レベルがまったく違うということだ。これをドッキリで造られたセット呼ばわりするのは無謀な気がするし、そもそもこんな大がかりなドッキリを誰が私相手に仕掛けるというのか。


 ええい、こういうときは検索して調べてみよう。どんなに謎めいたことが起きても、だいたいのことはネットの先人が教えてくれるものだ。


「乙女ゲームに転生ですか、懐かしいです。実は私も十数年前、悪役令嬢に転生したことがあります。夫には秘密にしていますが(笑)。さて、そういうときの対処法は……」探してみれば、そんなベストアンサーがきっと見つかるはず。


 でも枕元や制服のポケットを漁ってみても、どこにも愛用のスマホは見つからなかった。

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