第18話「ゲームの誘い」

 水面から浮上するように、ゆっくりと意識が覚醒する。


「ここは……?どこだ……?」


 辺りを見回す。どこかの部屋のようだ。薄汚れた無機質な岩壁、地面には何に使うかも分からない様々な道具が散乱していた。天井の至る所に蜘蛛の巣が張られ、どこからか水の滴るような音が響いている。俺はそんな部屋にいくつか置いてある椅子の1つに座らされていた。特に縄で縛られていたり、拘束されていることは無い。


「廃墟の中か……?」


 そうとしか思えない。俺はマタルゴを名乗る賊の幹部に敗北した。思い出して、思わず奥歯を噛み締める。



 油断した。


 言い訳のしようもない。俺の経験の無さ、そして精神的な甘さが招いた失敗だ。二度とこんなことを繰り返してはならない。


 しかし、おかしい。


 俺はなぜ生きている?


 奴は俺が“死”だということを知っている。俺が不死身でないことも分かっている筈だ。


 しかも、気付けば戦闘中にできた傷が完治している。体感だが、あれからまだそこまでの時間は経過していない筈だ。これは恐らく治療魔法による物、もしや、アレックスたちが奴らに勝利して、ウォーレンが治療した?


 ……いや、それはない。アレックスじゃ、あいつには勝てない。戦ってみてはっきり分かった。マタルゴの戦闘技術は1つの“極地”だ。奴の才能で達しうる最大の強さを獲得している。狂的なまでの努力と鍛錬、それが奴をあそこまでの高みに導いたのだろう。才能だけならアレックスが上だと思う。でも、今はまだ勝てない。


 それなら俺を治したのは賊共ということになる。なぜ俺は生かされた?


 ……俺を生かす理由があった?


 分からない。


 その時、部屋の外からこちらに向かってくる足音が聞こえた。右手に銀のナイフを召喚し、強く握り締める。


 扉が開く。現れたのは不気味な目をした黒髪の男——マタルゴだった。奴は俺を見るなり、まるで親しい友人に向けるような微笑みを浮かべてきた。


「よおー!起きたかー」


 俺はすぐ様椅子から立ち上がり、一直線で奴の元まで駆け抜けた。右手に持つナイフが奴の首筋に肉薄する。


 瞬間、俺の視界がぐるりと回転した。一瞬だけ、蜘蛛の巣だらけの汚い天井が見えた。


 体全体に衝撃が走る。


「かはぁっ」


 投げられたのだと気付く。


「悪いなー。あまりにも愚直に突っ込んできたもんだからよー。思わずなー」

 

 マタルゴが悪びれもなくそう言った。クソッ!やはり、こいつ、まだ実力を隠してやがった!俺は地面に倒れ伏したまま内心で毒付いた。


 ……こいつに1対1で勝つのは困難だ。アレックスたちと協力して戦うしかない。しかし、そもそも彼らは今どこにいるんだ?


 情報が足りな過ぎる。まずは奴から情報を聞き出さなくては。


「なぜ俺を生かした?お前は俺が“死”であり、それ故に不死身でないことを知っている筈だ」


 まずはこの質問だ。上手くいけば俺の置かれている状況、奴の敵意の有無、そして、運が良ければアレックスたちの安否も同時に知ることができる。


 マタルゴは少し悩むような素振りを見せた後、あっけらかんと答えてみせた。


「俺はお前と2人で話がしたかったんだー」

 

「……は?」


 俺は意外な答えに眉を顰めた。


「まあ座って聞けよー」


 マタルゴが俺の座っていた椅子を引き、座るように促してくる。


 ……少なくとも今は俺を害す意図は無いように見える……


 俺は警戒しながらも椅子に座り直した。

 

 テーブルを挟んで反対側の椅子にマタルゴが座る。


「1から話すぞー。まず俺は死という物が怖くないー」

 

 マタルゴは語り始める。


「俺は物心ついた頃には既に生き物を殺すことに躊躇いがなかったー。猫や犬、それに魔物、様々な生き物を殺したよー。殺すのが好きだった訳じゃないぜー?俺にとって生と死は同じ引き出しにある、極めて似た性質を持つ存在だったんだー。俺は生きているー。だがら殺しもするー。それが俺の中の普通だったんだー」


 奴の目に光は無く、ただ己の中の事実を取り出すように言葉を紡いでいく。


「だからなー。俺は仮に自分が死ぬとしてもそれを受け入れられると思うんだー。生きることと死ぬことは一緒だからなー。だが、死に興味がない訳じゃねー。もしかしたら死はこの俺の、飢えて飢えて干からびたトカゲみたいになった心を満たしてくれるかもしねえだろー?だが、この世に人間の死なんて無いー。だから確かめることもできねえー。俺は途方に暮れていたんだー。そこで俺はー


——お前に出会った」


 突然、奴の纒う気配が激変する。周りを凍て付かせる程の圧倒的な威圧感。これが奴の本性。


「これを知っているかー?」


 マタルゴが懐から何か取り出す。


「金貨……?」


「そう、これはオルガニア金貨、この国の硬貨だー。でも、ただの金貨じゃねえ。これは旧金貨、今ではほとんど出回っちゃいねえ。80年前に数年のみ製造された物で、見た目は今の金貨と瓜二つ、鑑定士でもなければ見分けることはできねえ。だがなー、この金貨にはある大きな特徴があるんだー。分かるかー?」

 

「続けろ」


「つまらない奴だなー、お前。この金貨はな、本当の意味で“金貨”とは呼べない欠陥品だー」


「……どういうことだ?」


 マタルゴが俺の反応を面白がるように、ニヤニヤと口元を歪めた。


「こいつには、金の代わりにとある特殊な鉱物が使われているんだー」


「……特殊な鉱物……」


「おい!!」


 マタルゴが突然大声を上げる。すると扉の向こうから賊が1人現れ、俺たちの前にそれぞれ1つずつ、大きなグラスを置いた。グラスの中は紫色の液体で満たされている。


「これは……葡萄酒か……?」


「正解だー。この金貨には、ウラール鉱石という鉱物を精錬した物が用いられている。ウラール鉱石は90年ほど前にオルガニア北西部にあるハイゼルク山脈から大量に発見された鉱物だー。金に酷似した見た目と性質を持ち、当時はかなり重宝されたみたいだなー。だが、今ではあまり日常生活で見かけることは無くなったー。ではなぜ、この金貨が数年で廃止されたのかー」


 マタルゴが人差し指でコインをトントンと叩く。


「ウラール鉱石はアルコールと結びつくと、特殊な反応を起こし、アルコールを毒液へと変える性質がある。このコインも、アルコールを少しでも垂らせば、一滴で猛獣1体を殺すことができる程の強力無比な毒液を作り出すことが可能だろうー。それでな、お前には今からこれを利用したとあるゲームして貰うー」


 マタルゴは再び部下を呼び、今度は大きな布袋を持って来させた。奴が布袋をひっくり返すと中から大量の金貨がじゃらじゃらと飛び出してきた。


「これは?」


「これは正真正銘、現在、オルガニアで流通しているオルガニア金貨だー」


 マタルゴは先程のウラール鉱石で作られたコインを金貨の山に放り込み、テーブルの上でゆっくりと混ぜ始めた。


「お前が“死”だという話、本当だなー。俺の直感がそう言っているー。だから勝負だー。今から俺とお前が順番にこのコインの山から1枚ずつ取り、葡萄酒に入れていくー。コインを入れる度に俺たちは葡萄酒を一口飲むー。死神であるお前の権能を使えば、俺を不死身の呪縛から解き放つことも可能な筈だー。先に死んだ方が負け。簡単だろうー?」


「……そんなことをして、お前に何の得がある?」


「さっきも言ったが俺は死ぬのが怖くねえー。だが、やはり物事っては試してみねえと分かんねえー。今日、俺とお前のどちらかが死ぬー。拒否権はねえぜー?命を懸けた勝負、それが俺に潤いを与えるに程の物なのか、それを文字通り命を賭けて確かめるんだー。お前が負けたら……


——次の死神は俺だ」


 マタルゴの瞳が狂気に揺れる。


「さあ、ゲームスタートだぁー」


 マタルゴはコインの山から1枚選び、グラスの中に落とした。

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