第13話「少年の力」

「アレックス!!」


 エリナとウォーレンが駆け寄ってくる。


 ウォーレンはすぐ様、俺に状態異常回復魔法、『キュアー』を掛けた。みるみる内に俺の体は自由を取り戻していく。


 女王は……生きている。恐らくだが、白い少年は奴に蹴りを放った。それも、俺の目にも追えないほどのスピードで。しかし今、女王は何事も無かったかのように空中を浮遊し、こちらを睥睨している。激怒しているのだろう、その大顎を擦り合わせ、威嚇するようにキリキリと音を鳴らしていた。手下の蜂共は再び、女王を守るように周りを飛び始めている。


 少年は俺たちの存在を気にも留めずに女王に歩み寄っていく。


「君、助太刀感謝する!だが1人では無理だ!一度作戦を立て直そう!」


 助太刀……であって欲しい。そんな思いを込めて俺は少年に呼び掛けた。しかし、少年はこちらに振り向きもせず手をヒラヒラと振るばかりで、俺たちと協力して奴を倒すつもりなどさらさら無いようだった。


 年齢は恐らく俺たちと同じ“15歳”前後。確かに先程の動きは素晴らしかったが、それでもあの化け物を1人で倒すビジョンは見えてこない。あの手下の蜂共は優秀だ。二度と女王に敵の接近を許すことは無いだろう。奴らはいつでも障壁を張り、女王を守れるように、既に同時詠唱を行う準備を終えているようだ。その体は僅かに光り輝いている。


 隙はもう無い。


 少年が駆ける。その姿はまるで疾風。俺もどちらかと言うとスピードを売りにしているタイプだが、こいつは次元が違う。集中していなければ目で追うことすら適うまい。


 だが、やはり蜂共が障壁を張る方が早かった。


「チィ」


 少年が障壁を目の前にして、すぐ様後ろに飛び退いた。瞬間、障壁は跡形もなく消え去り、女王の風刃が飛んでくる。少年はすんでのところで身を翻し、それを回避した。


 やはり彼でも分が悪いか。奴らのコンビネーションは完璧だ。恐らくテレパシーか、もしくはあの耳を劈くような羽音か、何かしらの方法でコミュニケーションを取っている。でなければあの連携は説明が付かない。


「ぐッ」


 立ち上がり、彼に加勢しようするが直ぐに膝をついてしまう。どうやら俺の体力も限界を迎えているらしい。ウォーレンも魔力を酷使しているため、もうヒールすら使うことができないだろう。


 その時、少年の掌にどす黒い魔法陣が浮かび上がった。


 何をする気だ……?


 その手にはいつの間にか、美しい装飾が施された銀色のナイフが握られていた。俺は何故だかそのナイフから目が離せなかった。街で美しい女性を見た時のように、視線が食い付いて離れない。


 これは、創造魔法……?


 武器や防具を創造し、自由に使いこなす創造魔法は使い手こそ少ないものの、確かに存在する。しかし、無から何かを創造するなど、それこそ神の所業である。大量に魔力を消費する上に、出来上がった物の性能も高くない。人間には過ぎた技だ。しかし、あのナイフからはどうも妙な威圧感、いや、“魅力”のようなものを感じる。


 少年は女王にナイフを投げ付けた。


「何!?」


 当然の如く手下共の障壁に阻まれると思ったそれは、少し、ほんの少しだが、障壁に傷を付け、ダメージを与えることに成功していた。創造魔法によって作り出されたナマクラのナイフにあそこまでの威力が出せるものなのか……?


 だが、どちらにせよ、これで本当に終わりだ。


 あれが彼の秘技なのだとしたらもう他に手は残されていないだろう。女王は勝ち誇ったように大顎を鳴らした。一際大きく空気が揺れる。風刃が来る。それも、今までで一番強力な。俺は少年がその美しい肢体を真っ二つに両断される様を幻視し、歯噛みした。


 しかし、そうはならなかった。彼の手に、また銀のナイフが握られていた。




 “2本目”だと……?




 創造魔法は桁違いの魔料を使う燃費の悪い魔法だ。それを戦いの中で2度も行使するなど、聞いたこともない。絶対に不可能な筈だ。


 少年は事も無げにナイフを投げ付けた。


 障壁がそれを防ぐ。障壁は僅かに傷が付いたものの、やはり完全に破壊されることはない。再び、女王の周りの空気が揺れる。風刃が来る!

  

 しかし、いつになってもそれが打ち出されることは無かった。


 おかしい。俺は女王の体を注視する。


 銀のナイフが女王の体を貫いていた。


「は……?」


 どういうことだ……?


 “3本目”……?何が起きている……?


 女王が緑色の体液を撒き散らしながら地面に墜落する。


 手下共が慌てたように障壁を張り始める。無理だ。絶対に無理だ。ナイフを3本も創造するなど、人間の所業では無い。それこそ、神か、それに付随する者でもなければ……。 


 その時、俺は確かに聞いた。少年がその言葉を口にするのを。


 意味は分からない。


 だが、まるで愛する女性の名前を呼ぶように、慈しむように呟いたその言葉を、その響きを、俺は忘れることは無いだろう。




『ミザリー』




 彼は確かにそう言った。


 無限の魔力が少年から溢れ出すのを感じる。


 少年の体を囲むように多数の魔法陣が生まれ、その全てから銀のナイフが発射された。


 ナイフの大群は手下共の障壁を紙屑のように穿ち、女王の体を跡形も無く消し飛ばした。


 その様子を眺める少年を後ろから抱きしめる少女の影を、俺は一瞬だけ見た気がした。

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