第12話「女王蜂」
「ぐッ……」
俺は根本から千切れた右腕の断面を抑えた。脳が焼き切れる程の痛み。時間をかければ自然治癒も見込めるが今は戦闘中、勿論そんな時間は無い。治療魔法で完治を早めることもできるが……ウォーレンの方を見れば、彼は突然のことに完全に足が竦んでしまっているようだった。こちらも望み薄か。……ならば、戦うしかない。
俺は確かめるように剣を左手に握り、構えを取った。キラービーは賢い魔物だ。圧倒的優位に立ちながらも油断なく、こちらを注意深く観察している。
「やり辛いな……クソッ」
思わず毒を吐く。
「待って!戦うつもり!?」
我に返ったエリナが駆け寄ってくる。
「ああ、奴の攻撃はもう見切った。さっきは突然のことで対応できなかったが、あれば風魔法の一種だろう。中級程度の威力はありそうだが、風魔法は発動時に僅かに空気が揺れる特性がある。それを見逃さなければ対処は可能だ」
「そうじゃなくて!万が一負ければ痛いだけじゃ済まないのよ!?十中八九、卵を産み付けられ、幼虫が羽化するまでずっと体を操られることになる!それでもいいの!?それが嫌なら今すぐに逃げ……!」
「いや、相手はこちらを逃す気はないようだぜ」
キラービーの周りに複数の魔法陣が同時に展開される。俺は魔法学には疎いからあれが何を意味しているかは分からないが、碌でもない物だということは直感的に理解できた。
魔法陣が一際大きく輝くと、その1つ1つから大量の蜂が飛び出してきた。1匹1匹は人間の拳ほどの大きさで、自分たちの女王を守るように辺りを飛び回っている。
これはまずい。個が持つ攻撃力は高が知れているが、一気に襲い掛かられたら溜まったもんじゃない。
「エリナ!火魔法で一掃しろ!」
先手必勝だ。先程の戦いでエリナの魔力は枯れかけているが、広範囲魔法を一発放つくらいの余裕はあるはずだ。
「分かったわ!ファイアストーム!」
火属性の中級魔法、ファイアストーム。ファイアボールやファイアアローよりさらに“面”での威力に特化した技だ。小さな蜂の大群を退治するくらいならこれで問題ないはずだ。
しかし、俺の予想は裏切られる。
「何!?」
蜂たちの体が僅かに輝くと、自分たちと女王を囲むようにドーム状の障壁が生成され、ファイアストームを受け止めた。
「くッ」
熱風が頬を撫でる。蜂たちは……無傷だ。
「クソ!こいつら!『同時詠唱』しやがった!」
『同時詠唱』とは複数人の魔法使いが共同で1つの魔法を作り上げることを意味する言葉だ。
普通、魔物は魔法を放つのに特定の詠唱を必要としない場合が多いが、便宜上、魔物複数体による共同の魔法攻撃も『同時詠唱』と呼ばれていた。
その時、キラービーからエリナを目掛けて風の刃が放たれた。
「きゃッ」
「エリナ!」
俺は咄嗟にエリナの体を抱き、横に大きく跳んだ。刃は俺の髪を数センチ程切り裂き、後方に飛んでいった。
後ろで大木が切り倒されたような音がするが、奴らから目を離し、確認するような余裕が俺には無かった。
「……女王が召喚したあの蜂共、奴らは攻撃役ではない……!タンク役だったんだ。奴らが俺たちの攻撃から女王を守り、女王が風刃で俺たちを攻撃する。クソ……なんてバランスの取れたチームワークだ」
俺は皮肉げに吐き捨てた。
相変わらず蜂たちは俺たちを観察するように飛び回っている。こちらが仕掛けるのを待ってから、カウンターのように攻撃するのがこいつらの黄金パターンらしい。先手を許すことは無さそうだが、これではこちらから攻めることもできない。
どうする!?
エリナは荒く息を吐いている。恐らくさっきのファイアストームで魔力は完全に使い切っている。戦えるのは俺と……ウォーレンだけ。ウォーレンもある程度は心を落ち着けることに成功したらしい。今は錫杖を両手に構え、蜂共を睨み付けている。
「ウォーレン、奴らは思った以上に賢い。お前が俺に治療魔法を行使すれば必ずその隙を付いて襲い掛かってくる」
ウォーレンが黙って頷く。
「だから逆にそれを利用する。まずお前は俺にヒールをかけろ。そうしたらきっと女王は風刃を放ってくる。奴が攻撃する時は、手下共も簡単に障壁を張ることができない。女王の攻撃を邪魔してしまう恐れがあるからだ。それを覚悟で障壁を張るにしても、奴らが生物である以上、必ず、ほんの一瞬かも知れないが“迷い”が生まれる。俺はその隙を付く」
「それで僕は治癒魔法ではなく障壁魔法を展開し、風刃から身を守ればいいんだね」
「ああ、話が早くて助かる。では早速行くぞ!」
ウォーレンが俺の右腕の断面に手を翳し、魔力を込める。瞬間、蜂たちが女王の前から離れ、僅かに空気が揺れ始める。
今だ!俺は一直線に女王の元に駆け出した。
すぐ横を奴の風刃が通り過ぎる。後ろで何かが弾けるような音がした。風刃がウォーレンの障壁を叩いた音だろう。今は彼が無事なことを祈るしかない。
遅れて、蜂たちの体が輝き始める。同時詠唱だ。障壁を張り、女王を守るつもりだろうが、残念、既に女王は俺の間合いに入っている。左手で剣を強く握る。利き手ではないため、繊細な構えはできないが、今はそれで十分だ。奴の体を2つに割るだけ、そう考えれば簡単だ。
「頭が高いんだよ」
俺は高く跳び、奴の上を取るような形を取った。丁度、処刑人が刑を実行するかのように剣を上から振り下ろす。
「終わりだ」
今にも奴の細い首元に刃が触れようという時、俺の体は動かなくなった。
そのまま俺は地面に崩れ落ちた。
「な、な、なん、だ……?」
体が動かない。それどころか、口も自由に利かすことができない。
何が起こった?何をされた?
自分の腰の方に微かに違和感を感じる。
見ると、そこには女王の尻から生えた長い管のような物が突き刺さっていた。
「し、神経、毒……!?」
……なぜ気付かなかったのだろう。
なぜ女王の武器が風刃だけだと決めつけてしまったのだろう。
なぜ、なぜ……
たくさんの後悔が頭を過ぎる。遠くでウォーレンとエリナの泣き叫ぶ声が聞こえる。
他の魔物ならまだ良かった。
でもこいつはダメだ。
エリナの言う通り、幼虫が成虫になるまでずっと奴隷にされる。
……俺だけならまだいい。だが、エリナがそうなってしまうのだけはどうしても許せなかった。
次第に意識が薄れていく。
ああ、もう何も考えられない。
だが、憎い。
奴が、女王がひたすら憎い。
俺は最後に怨敵の顔を一目見ようと顔を上げた。
しかし、奴はもう俺を見てはいなかった。ウォーレンでもエリナでもない、その視線は俺たちがいた場所とは反対側、蜂共の背後に向けられていた。
何故だか空気が凍ったような感覚を覚える。
まるで雪原に身一つでで放り出されたような、そんな強烈な悪寒。
そこにいたのは白い少年だった。
この世の者とは思えぬほど美しい少年。
男の俺でも魅了されずにはいられない程の圧倒的な、美。
白という色そのものを具現化したら丁度こんな感じになるのだろう。俺が呑気にもそんなことを思っていると、突然少年は姿を消した。
どこに行った……!?
俺が探し当てる間もなく、少年は俺と女王の前に再び現れた。
少年は笑っていた。
次の瞬間、女王の体は冗談みたいに吹き飛んだ。
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