第2章「冒険者編」

第11話「黒龍の牙」

 鬱蒼とした森の中、俺たち『黒龍の牙』は辺りを注意深く索敵しながら歩を進めていた。


「ほ、本当に僕たちだけで大丈夫かな?『大鼠』と言えば、最近勢力を拡大しつつある新進気鋭の盗賊団だろ?『青鬼』の傘下という話もあるし、やっぱり他のパーティと連携して事にあたるべきじゃないかな……」


 神官のウォーレンが神経質そうな瞳をしきりに左右に動かしながらそう言った。


「ちょっと、アレックスの見立てが間違ってるとでも言いたいわけ?」


 魔法使いの少女、エリナがウォーレンを睨み付ける。俺の無茶に毎回文句1つ言わず付き合ってくれる彼女には感謝しっぱなしだが、なぜか彼女は俺以外の男性には厳しい態度で接することが多い。それがなければ本当に魅力的な女の子なんだけど……まあそれは置いておくとして、今はウォーレンを説得しなくては。


「ウォーレン、大丈夫だ。新進気鋭と言ったら聞こえはいいが、所詮はできたてホヤホヤの新米盗賊団、俺たちの敵じゃない。それに俺たちももうB級冒険者パーティだ。A級に上がるには多少の無理だってしなくちゃいけない。これは俺たちの更なる進化に必要なことなんだ」


「……分かったよ、アレックス。君がそこまで言うなら……」


 よかった。分かってくれたみたいだ。


「それに今回は俺たちの切り札も付いてるしな」


 そう言って俺は目深に帽子を被った白髪の少年、シロの背を叩いた。ウォーレンは期待に瞳を輝かせて、エリナは何処か胡散臭そうにシロを見た。


「シロ、お前には期待してるんだぜ?俺の勘が言ってるんだ。お前の存在がこの『黒龍の牙』に新たな風を吹き込んでくれるってな」


「ああ、できる限り頑張るよ」


 シロが柔らかく微笑む。


「ちょっとあんた、アレックスがせっかく話しかけてるんだから、もうちょっと気の利いたこと言えないの?」


 シロを睨み付けるエリナを俺は慌てて宥める。


「いいんだ、エリナ!シロが口下手なのはお前も知ってるだろ?こいつに期待してるのはそういうところじゃない。純粋な戦闘力だ。すごかったよなぁ……あんなこと、A級冒険者にだってできるか分からないぞ」


 俺はシロと初めて会った日を思い出して子供のように瞳を輝かせた。


◇◇◇


「アレックス!離れて!」


「ああ!」


「ファイアボール!」


 ワイルドウルフの群れをエリナの魔法が一掃する。


 数日前、俺たちは依頼でワイルドウルフの討伐を行っていた。


 ワイルドウルフは特別な能力や固有魔法を持たない、1体1体は取るに足らない魔物ではあるが、遠吠えにより無制限に仲間を呼ぶという習性があるため、戦いを長引かせるのはあまり得策ではなかった。“魔法で一気に”が定石だ。


 ほとんどがエリナの魔法で燃え尽きたが、群れのリーダーと思しき一回り大きな個体は未だに闘争心を衰えさせる事なく、こちらを睨み付け、低い唸り声を上げていた。


「ウォーレン、ヒールを頼む」


「分かった!ヒール!」


 俺の傷付いた右腕が急速に治っていく。人間は不死身であり、基本的には怪我や欠損も時間が経てば治ってしまう。そのため、冒険者パーティにおけるヒーラーの需要は低く、比例して神官のクラスに就く者の絶対数は少ない。だからこそ、ウォーレンという有能な神官をこのパーティに引き入れることができたのは幸運だった。


 俺は完治した右腕の感触を確かめるように長剣を握り締めると、ワイルドウルフに突撃した。


 剣を上段に構え、振り下ろす。するとワイルドウルフは大きく後ろに跳び、俺の剣を回避した。


 ワイルドウルフは再び体制を整え、こちらを威嚇するように唸り声を上げた。


 やはりおかしい、俺は思う。


 ワイルドウルフは賢い魔物だ。その群れのリーダーともなれば、こちらの攻撃を回避しながらフェイントを入れ、カウンターを決めるくらい平気でやってのける。

 

 それなのに、先程からこの個体の動きは何処か単調で読みやすい。


「……試してみる価値はあるか」


 俺は再び突撃する。今度はわざと体の左方に隙ができるような構えを取った。彼我が肉薄したところで俺は足腰に力を入れ、体を急停止させる。ワイルドウルフの鋭い爪が眼前の空気を切り裂いた。俺はすぐに奴の後ろに回り込み、剣を上段に構え直す。


 その時、ワイルドウルフの後ろ足が俺の左の脇腹を蹴り上げようと動く。ワイルドウルフの最大の武器は牙でも爪でもない、その巨体を支える4本の足が持つ馬鹿力だ。特に後ろ足の蹴りは決め技の1つとしてよく使われる。この個体は恐らくそれほど頭が良くない。わざと隙を作れば必ず食い付いてくる。攻撃してくる場所が分かれば避けるのは然程難しくない。


 俺は素早く身を翻し、後ろ蹴りを避けると、そのまま上段から剣を振り下ろした。


 ワイルドウルフの首が飛ぶ。


 俺は荒れた息を整え、愛剣を腰に差した。


「ふう、案外大したことがなかったな」


「アレックスが強すぎるのよ」


 エリナが半ば呆れたような顔で近付いてくる。


「でも今回ではっきりした。やっぱり前衛がもう1人欲しいな。俺の負担が少し大き過ぎる」


「そうだね。アレックスを主力として、もう1人、敵の意識を僕たち後衛から逸らすことができる、遊撃、もしくはタンク役が欲しいところだね」


 ウォーレンが討伐の証として、ワイルドウルフの耳を回収しながら言う。


「でも不思議だよな。正直、群れのリーダーよりその手下共の方が手強かった」


「ええ、何処か機械的というか、単調な動きだったわ」


「深く考えても仕方ないよ。そういう個体だったってだけさ。もっと気楽に……ってうわぁ!!」


「どうした!?ウォーレン!?」


 ウォーレンに駆け寄ると、彼は尻餅を付いてワイルドウルフのリーダーの生首を指差した。


「こ、これ……」


「……なんだ……?これは……」


 ワイルドウルフの生首からクリーム色のうねうねとした人間の拳大の物体が這い出ていた。その様子はどこか背徳的で見る者に本能的な嫌悪感を与える。


「これは……寄生虫……?狼の頭に?ということはこいつは操られていたのか?」


「まずいわ!今すぐ逃げましょう!」


 エリナが叫ぶ。


「どうしたんだ?エリナ」


「これはキラービーというA級の魔物の幼虫よ!獲物を捕えて卵を産みつけるの。幼虫は宿主の脳を食らい、体を意のままに操る。キラービーは仲間意識が強い魔物よ。自分の子供に危険が及べば必ず親が助けにやってくる。今の私たちじゃ絶対に勝てない!早く逃げないと……」


 突然、エリナが沈黙し、瞳を驚愕に染める。その視線は俺とウォーレンの背後に向けられていた。


 耳を劈くような羽音が森中にこだまする。


 ゆっくりと振り返ると、そこには人間の大人数人分もの巨体を誇る蜂の化け物が、こちらを見下ろし飛んでいた。


 瞬間、俺の右腕は千切れ飛んだ。


————————————————————


【後書き】


いつもありがとうございます。少しでも面白いと思ったらフォローや感想、評価を頂けるととても励みになります。よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る