第14話「冒険者としてのスタート」
「本当に凄かったよな。キラービーはA級の魔物だ。俺たちじゃあ束になっても敵わない。それを1人でやっちまうとはな。それにあの銀のナイフ。一体どういうカラクリなんだ?」
アレックスがシロ——俺に問いかける。俺はそれを笑って誤魔化した。成り行きでこのパーティに身を寄せることになったが、俺は彼らのことを完全に信用している訳ではない。
ローゼとの一件の後、俺はイリスの街を逃げ出した。『赤い月』での日々の間に、この国のある程度の地理は頭に入れてあった。俺はイリスから南方に進み、いくつかの街を経由して、城塞都市、『アスターブ』に辿り着いた。
俺はいくばくかの通行料を払い関所を通過した。しかし、この国——オルガニアでは身分証が無ければ問答無用で『外国人』という扱いになり、数日に1回、滞在費を払わねばならない。スラム出身の俺が身分証など持っている筈もない。
この状況を手っ取り早く解決する方法が1つだけあった。冒険者になることだ。冒険者は300年前に発足した、対魔物専門の傭兵団を起源とする大型の組織だ。現在では魔物退治以外にも様々な依頼を個人、組織、問わず受け付けており、オルガニア以外の国々でも絶大な地位と国家レベルの発言権、武力を所有している。冒険者証を得ることができれば滞在費は勿論のこと、街と街を移動する時に発生する通行量もある程度は減免される。それだけ、冒険者に対する信頼と期待は大きい。
俺はすぐに冒険者ギルドアスターブ支部に赴いた。帽子を深く被っていたので、この容姿もそれ程目立つことも無かった。俺は痛みを知り、身体的に成長を遂げた。身体能力だけでなく、身長や体重、顔立ちも変化した。今の俺は凡そ15歳程の少年に見えるだろう。自分で言うのも何だが、見た目の美しさにもさらに磨きがかかっている。
俺は受付嬢に冒険者になりたいという旨を伝えた。彼女は柔らかく微笑み、丁寧にその方法を教えてくれた。
曰く、軽い面接と適性試験、その両方をクリアする必要があると。
森に赴き、魔猿を1匹退治してくること。それが適性試験の内容だった。魔猿は1匹1匹は取るに足らない弱い魔物、それが世間の一般的な認識であったが、実はそうではない。弱いと言っても魔物にしては、という意味である。小型ながら人間の大人の男と同等の握力を持ち、それ以上にすばしっこくて凡人では動きを目で捉えることすら難しい。適性試験の相手としては強過ぎるほどだ。
だが、この適性試験にはそれ以上の落とし穴があった。魔猿は普通1匹では行動しない。少なくとも3匹のパーティを組んで行動する。つまり、1匹を退治してこいということは、実質3匹を相手にするということ。そのことに気付けるかどうか、そしてしっかりと対策を練り、罠を用いるなどして、討伐を完遂させられるか、試験ではそこが見られる。冒険者も狭き門ということだ。
だが、俺はあの娼館で途方も無い痛み知り、強くなった。以前とは比べるべくも無いほどに。魔猿など相手にすらならない。
俺はあっさりと魔猿たちを片付けると、討伐証として奴らの耳を刈り取り、街へ戻ろうとした。
その時、蜂の化け物に襲われる彼らを見つけた。木陰に隠れ、戦いの様子を観察した。彼らは強い。娼館で生活していた頃の俺では全く敵わなかっただろう。だが、蜂たちの連携はそれをさらに上回っていた。俺は考える。彼らに手を貸すべきか、否か。恐らく、“奥の手”を使えばあの蜂共にも負けることはない。しかし、そうすればあの冒険者たちに実力が知られることになる。情報は武器であり、弱点だ。自分の手の内はできれば明かしたくない。
しかし、彼らを助ければ恩と人脈を得ることができる。魔猿の討伐と彼らの手助けをした実績を併せれば、適性試験の合格も盤石なものになるだろう。
俺はメリットとデメリットを秤にかけ、慎重に思考を重ねた。
俺は彼らを助けることに決めた。
結果的に、俺は勝利し、彼らの信用と冒険者の証を獲得することに成功した。ギルドの支部長による面接には『黒龍の牙』の面々も同席し、キラービー討伐時の状況について詳しく聞かれた。彼らは俺の意図を汲み取り、俺の実力と“奥の手”などの情報を所々隠して話してくれた。俺は支部長からの信頼を勝ち取り、最低ランクの1つ上であるD級から冒険者としての生活をスタートさせることとなった。
『黒龍の牙』のリーダーである少年、アレックスは俺をいたく気に入ったようで、執拗に俺をパーティに誘ってきた。俺は彼の猛烈なアピールに負けて『黒龍の牙』への加入を決めた。とは言ってもD級の俺がB級の彼らのパーティに正式に加入することはできない。俺の表向きの立場は彼らの荷物持ちだ。
改めてこのパーティの面々に目を向ける。
アレックス・ディーゼル。このパーティの立役者にして、絶対的エース。
燃えるような赤髪にスラリとした頭身。第一印象は「こいつモテるな」だ。程よく親しみやすく、軟派な性格をしているが、決める時はしっかり決める。
剣の腕も本物だ。嗜む程度にしか魔法を使えないのが玉に瑕だが、それ以上に彼は強い。研ぎ澄まされた感覚と魔力による身体強化の精度。
彼の武器は弛まぬ努力と経験に根差したものが多く、今後の活動次第では更なる進化が期待できそうである。
俺に対しても純粋な好意を向けてくれている。窮地を救われた恩義も感じているようで、俺の実力や容姿を隠したいという方針も快く受け入れてくれた。
ウォーレン・ハートベルト。このパーティのヒーラーを務める修行中の神官だ。くすんだ白髪に大きな丸メガネがトレードマーク。第一印象は「役に立つ時に役に立たない」だ。
子供の頃から教会に勤めていた正式な神官で、修行と民への奉仕のために冒険者になることを選んだらしい。
蛇足だが、教会に正式な名前は存在しない。ただ『教会』と呼ばれている。これはアーラムの他に神が存在せず、他と区別する必要が皆無だからである。
話が逸れた。ウォーレンは中級までの神聖魔法を使うことができ、手足などの欠損も数分あれば完治させることができる。他にも聖壁やバフ効果のある聖歌をバランスよくこなせる。
反面、精神力に難があり、肝心な時に足が竦み、動けなくなることがあるようだ。
俺に対しては憧れや敬意の混ざった視線を向けてくれる。アレックスに次いで俺に好意的なメンバーと言えるだろう。
そして3人目、エリナ・パールマン。このパーティの火力担当。魔法使いの少女、魔女とも言われることがある。第一印象は「雌猫」だ。
肩まで流れる艶やかな金髪に猫のような青い瞳。小柄な体格とは裏腹に態度は誰よりも大きい。それを象徴するように桜色の唇からは小さな八重歯が覗いていた。
得意魔法は水魔法と火魔法。後は初級だが、雷と岩も使える。使う技は威力ばかり重視した物が多く、才能に頼り切りで、繊細さや操作力には難がある。努力が苦手らしい。
パーティでは主に耐久力の優れた敵への対処、そして複数体の魔物を同時に殲滅する時に活躍する。
見た目はあざとく、可愛らしいがそれに釣られて近付くと痛い目を見ることになるだろう。俺に対する印象も他の2人に比べてあまり良いとは言えない。
今は目深く帽子を被っているとは言え、出会った当初は俺は容姿を隠していなかった。それでも彼女は俺を警戒した。娼婦にさえ、俺の容姿に魅了されない者は少なかった。俺は彼女の俺への反応を意外に思っていた。
「あと半刻程歩けば奴らのアジトだ。警戒しろよ」
アレックスの言葉に、俺は思考を止めた。俺たちは現在、盗賊団『大鼠』の討伐に訪れていた。キラービーを倒した『黒龍の牙』を直々に指名しての依頼らしい。
「まあ楽勝よね」
エリナが言う。エリナはアレックスのイエスマンだ。彼の言うことなら基本的に何でも従う。そこには信頼よりも深い感情が垣間見える。そして、その感情はエリナを見るウォーレンからも等しく感じることができた。どうやらこのパーティの感情の矢印は、とても面倒なことになっているらしい。盗賊団の討伐よりも、余程厄介に感じる。
このパーティに身を寄せたのは間違いだったかも知れない。俺は溜めた息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます