第15話「盗賊退治」

 反刻程歩いたところで俺たちは盗賊たちの根城に辿り着いた。


 森の深部に急に開けたところがある。そこには古ぼけた廃墟のような建物がどこか寂しげに鎮座していた。100年以上も前の建物なのだろう。窓は割れ、壁は所々剥がれ落ちている。冒険者でも、ここまで森の奥深くに入ることは少ない。何の目的で建てられたものかは分からないが、闇に生きる者が身を隠すにはぴったりの場所と言えた。


 俺たちが依頼を受ける前、C級の冒険者パーティ数組が先んじて森の調査を行ったらしい。それでやっと見つけたのがこの場所だった。


 今回のターゲットである盗賊団『大鼠』は数ヶ月程前から突如として勢力を伸ばしつつある新進気鋭の盗賊団だ。強盗、密売、強姦、人攫い、およそこの世界で悪とされることは全て行っている、正真正銘のクズ共。構成員の1人が、大型犯罪組織『青鬼』の傘下を名乗ったという話もある。油断できない相手だ。事前の情報によると構成員は約20人程。恐らくもっといるが、この廃墟を出入りしているのはそれだけらしい。


 冒険者は戦いのエキスパート、魔力や身体強化を使いこなし、単純な身体能力だけで他者を圧倒する存在。数の不利など大した問題にはならない。


 俺たちは木陰に身を隠し、遠くから廃墟の様子を観察する。廃墟の入り口に武装した男が2人、立っていた。1人はあくびをして暇そうにしている。恐らくこちらの動きはバレていない。あの油断した様子が全て罠だとしたら大したものだ。


「ウォーレン、いけそうか?」


 突撃の瞬間が近付いている。アレックスは気の弱いウォーレンに積極的に声を掛け、彼の緊張を解きほぐす。


「う、うん、大丈夫だよ!……たぶん」


 何とも頼りない返事に一瞬だけパーティの空気が弛緩する。


 今回の作戦のキーマンはウォーレンだ。


 廃墟には奴らに攫われた女性たちが囚われている可能性が高い。威力が高く、操作性の低いエリナの魔法はあまり使えない。同じ理由で廃墟自体を爆撃し、賊を一網打尽にすることも不可能だ。今回の彼女の役割は威力を最小限に抑えた初級魔法での援護だ。


 まず、『黒龍の牙』の3人の堅実な連携と、俺の遊撃で奴らの戦意を砕く。そうしたらウォーレンの秘技『告解』の出番だ。


 これは本来、何十年も修行した高位の神官にしか行使できない、難易度の高い技だった。しかし、ウォーレンは物心ついた時からこの技が使えていたという。


 『告解』は「戦意を完全に喪失した者」、もしくは「自分の罪を認めた者」の魔力、そして、こちらに危害を与える意志を完全に封じてしまうという、恐ろしい能力である。


 極度の集中が必要になるため、戦闘中に自由に使うことは難しいが、敵を倒し次第、この技を行使し、体の自由を奪い、反抗を防ぐことができる。


 この世界の性質上、人間を『殺す』ことは不可能だ。どんな犯罪者でも生け捕りにする必要がある。敵を捕縛し、騎士団の詰め所まで連行する際にもこの技は重宝した。


 この作戦に『黒龍の牙』が選ばれた所以の1つでもあった。


「みんな、準備はいいか?」


 突撃の時間だ。アレックスの問い掛けに全員が真剣な様子で頷く。


「では行くぞ!」


 まずアレックスが一直線に廃墟に向かって駆け出す。すごい速さだ。彼は一瞬で見張りの目前まで辿り着いた。見張りの2人の顔が驚愕に染まる。


「エリナ!」


 アレックスの怒号が森中にこだまする。その時には既にエリナの魔力は爆発的な高まりを見せていた。


「任せて!ウォーターブレード!」


 鋭い水の刃が見張りの1人の肩口を切り裂いた。それと同時にアレックスが長剣でもう1人の首を刎ね上げる。いくら不死身でも重症だ、暫くは立ち上がれない。


 異変に気付いた盗賊たちがわらわらと廃墟から出てくる。


「敵襲ー!敵襲ー!」


 アレックスが少し後ろに下がると、遅れて俺たち3人がそこに追いついた。


 睨み合う。人数的には完全にこちらが不利だが、冒険者の強さは奴らもよく分かっているようだ。無策で突っ込んでくる者は1人もいない。盗賊たちは口々に汚い罵声を俺たちに投げ掛け、威嚇した。特に女で与し易いと思われたのか、その半数はエリナに向けられているように思う。彼女は毅然とした態度でそれを無視している。


 廃墟から出てきたのは約10人。後の連中は廃墟の中から観察するようにこちらの様子を窺っていた。部下を戦わせてこちらの手の内を探るつもりらしい。さらに、エリナの魔法を厄介と踏んで、人質のいる廃墟を自分たちの居場所に選んだようだ。……頭の回る、厄介な相手だ。


 痺れを切らした盗賊の1人がアレックスに突っ込んでくる。数人がそれに続く。奴らの手には凶悪な形状をした曲刀が握られていた。


 俺は守るように、後衛2人の前に出た。


 アレックスは敵の最初の一太刀を恐るべき反射神経で、紙一重に回避してみせた。剣を受ける時間すら、この死線では無駄にしかならないと経験で悟ったらしい。アレックスは身を翻したそのままの勢いで体を一回転させ、自分を切り付けようとした賊の、さらに後ろから己を狙う男の腹を切り上げた。男の上半身と下半身は一瞬にして泣き別れることとなった。


 賊共の間に動揺が走る。これ程の手練れとは思わなかったらしい。それは俺も同じ思いだった。魔物を相手にしている時より、アレックスの剣の技量が浮き彫りになっている気がする。俺はアレックスに対して、一種の尊敬のような気持ちを覚えた。


「ガキが!四肢を切り落としてダルマにしてやる!」


 次に奴らはアレックスを無視して、俺の方へ向き直った。弱い者から順に各個撃破を狙うつもりらしい。分かりやすい奴らだ。


 確かにアレックスは強い。手放しで尊敬できる程に。


 だが、それはアレックスより俺が弱い理由にはならない。


 怒声を上げながら突撃してくる賊共に、俺は冷静に銀のナイフを構えた。

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