第5話「恋とは」

「俺がお前をプロデュースしてやろう」


 俺は言い放った。


「……は?」


 ガウルが、意味が分からないと言うように間抜けな声を漏らす。


 簡単なことだ。俺は“死”としてこの世界に生まれ落ちた時、ある程度の人体への理解、言語や簡単な社会常識、そして優れた思考能力を獲得している。それらの恩恵がなければ今こうして思いを言葉にできるはずもないので、当然と言えば当然だろう。今回はその知識や思考能力を総動員して、ガウルを魅力的な女性に育て上げる。


 また、この世界はまだ生まれて間もない。科学は発達しておらず、人体の仕組みもほとんど解明されていない。


 俺は“死”だ。命を操る存在とも言える。


 つまり、俺はこの世界の人々に比べて、人体への理解という一点において、優位に立っている。


 今のガウルは肌は荒れ、顔はそばかすだらけ、髪も癖っ毛で清潔感に欠けている。


 これを治すのは俺の得意分野だ。


 ガウルの魅力を引き上げ、ローゼを1位の座から叩き落とす。その時、ローゼはやっと俺に目を向けるだろう。プライドを傷付けられた憎しみと“痛み”がこもった瞳で俺を見るだろう。


 その“痛み”が、また俺を強くする。


「ガウル、まずはその癖のある長髪をなんとかしろ。ある程度は生活習慣と食生活の改善でどうにかなるが、癖っ毛は遺伝による所も大きい。獣人ならば尚更だ。思い切って髪型を変えてみるのがいいだろう。おすすめはショートヘアだ。癖を活かしやすい髪型と言える。……あとはそうだな。勤務時間を……」


「ちょっ!ちょっと待て!」


「なんだ?質問なら全部聞いてからでも……」


「そうじゃない!俺はお前から指導を受けるつもりなんてないぞ!」


 指導?おかしなことを言う。


「指導ではない。プロデュースだ。お前をこの娼館の1番にしてやる」


「どっちでもいい!俺はお前の言うことなんて聞きたくない!聞きたくないんだよ!」

 

 ガウルが喚く。まるでただをこねる子供のようだ。気が動転して本性が出たのだろう。こいつの本質は酷く幼稚でお粗末だ。だが、本性ではあっても本心” ではない。


「このままでいいのか?」


「……え?」


「一生ローゼに勝つことができない、哀れな負け犬のままでいいのかと言っている」


「……なんだと?」


「俺ならお前を勝たせることができる。ローゼの悔しがる顔を見たくはないか?」


 ガウルが黙り込む。俺に従うメリットとデメリットを比べているのだろう。だが、そんな暇は与えない。


「俺は見たいぞ。ローゼの悔しがる顔も、お前の喜ぶ顔も。



何せ俺はお前に惚れているのだから」



 その場を沈黙が支配する。


「……は?は!?は!?何言ってんだお前!適当なこと言うな!」


「適当なこと?本心だ。一目見た時からこの人しかいないと思っていた」


「……ま、マジかよ……」


 ガウルが耳まで真っ赤に染めて下を向く。



 勿論、嘘である。


 一目惚れなどこの世には存在しない。恋心とは積み重ねていくものだ。例え一目見て人を急激に好きになったとしても、積み重ねが無い限りそれを恋とは言えない。

 

  恋に似た何かだ。恋とは時間が証明していくもの。時間が価値を持たせるもの。それが真理だ。

 

 それにしても今の俺の姿は役に立つ。ガウルとて数多の男たちを魅了してきた娼婦の1人だ。もし俺の優れた容姿がなければ、ガウルはここまで動揺していなかっただろう。


 俺は畳み掛ける。


「お願いだ。ガウル。今のお前も実に魅力的だが、お前ならもっと輝くことができる。俺が保証する」


「で、でも……」


 ガウルの瞳に迷いの色が出始める。


 押すならここだ。俺は最終兵器を繰り出す。


 俺はガウルの袖をちょいと掴むと俺よりも二回りほど背の高い彼女の顔を上目遣いで見つめて見せる。事前に軽くあくびをし、瞳を潤ませておくのがコツだ。



「ガウル……お願いだよ……」



「ッッ!!!!」



 決まった。



「分かった!分かったよ!俺の負けだ。お前の指導を受ける!」


「指導じゃなくてプロデュースだ」


「どっちでもいい!もう!お前と話してると調子が狂うな!それで!?俺は何をすればいいんだよ」


 ガウルが辟易とした様子で問いかける。

 

「それはこれからしっかり説明する。取り敢えずゆっくり話ができるところに行こうか」

 

 俺はニヤリと笑った。


◇◇◇


 俺はガウルの部屋を訪れていた。


 この店では人気の娼婦、または力を持つ娼婦には1人1人個室が与えられている。


 勿論、ガウルもその1人だ。ガウルは腕っぷしと根性により今の地位を獲得したが、丸っきり客から人気がない訳ではない。その褐色肌と程よく筋肉が付いた健康的な肉体はローゼとは違った魅力を発揮している。


 しかし、ゆっくり話ができるところとは言ったが、まさか私室に連れてこられるとは思わなかった。何となく部屋を見渡してみる。


 質素なものだ。


 特段汚れているわけでもないが、綺麗なわけでもない。必要最低限の物しか置かれておらず、若い女性の部屋にしては色気が無さすぎる。


 この女の本質を表したような、つまらない部屋だ。


 俺は何故だか、どこか腹立たしいような、やるせないような気持ちになった。


「で?俺に何しろって?」


 ガウルの声で我に帰る。


「ああ、まずはさっき言ったようにその癖っ毛を何とかしよう」


「短くって言ったよな?でも女が短髪なんておかしくねえか?」


 確かにこの娼館にはショートヘアの女性はいない。だが、だからこそいい。


「さっき言ったように短髪は癖を生かしやすい髪型だ。毛量を抑えることで頭も小さく見えるしな。何より目立てる。他と違うということはそれだけでアドバンテージだ」


「なるほどな。長芋の中に丸っこいじゃがいもがあったら目立つもんな」


 よく分からない例えだが、大体そんな感じだ。

 

「あとはその肌荒れとそばかすだ。今のままではかなり見苦しいからな」


「……お前、本当に俺のこと好きなんだよな?」


「勿論だ。まずは生活習慣を変えろ。夜になったらすぐ寝るんだ」


「は?ふざけんなよ。夜なんて一番の稼ぎ時だぞ?寝てる暇なんてねえよ」


「それでも寝ろ」


「無理だって言ってるだろ!それにザバスの野郎も何て言うかッ!」


「お前、何のためにこの娼館で今の権力を手に入れたんだ?」


「あ!?」


「自分の我を通すためじゃないのか?自分の目的のために、少しくらい無理を言ってみろよ」


 睨み合う。



 先に折れたのはガウルの方だった。


「あー!もう!分かったよ!あとは何すればいいんだ!?」


 いい調子だ。ガウルは正論と勢いに弱い。


 俺はガウルという人間の扱い方を学習し始めていた。


「そうだな、食生活の改善……は後で俺が献立を考え、係の者に渡しておこう。後は化粧だな。今のままではそばかすが目立つ」


「じゃあどうすればいいんだよ」


「お前の肌は少し褐色気味だろ?それなら恐らく今の化粧の色は肌に合っていない。化粧はただ白くすればいいというものでもない。大事なのは肌に合った色を選ぶこと。もう少し暗い色にしろ。そうすればそばかすも少しは目立たなくなるはずだ」


「ああ、分かった」


「あとは……」


 俺とガウルはその後もあれやこれやと打ち合わせを続けた。


 俺が授けた知識の1つ1つが、ガウルを魅力的な女性に育てていくことだろう。



 だが、あくまでもこれは土台作りでしかない。


 女を魅力的にするもの。


 それ何か。


 美容?


 確かにそれも大切だ。


 だが、それは女を根本的に変えるまでには至らない。



 身を焦がすほどの恋心。



 それだけが、女を1つ上の段階へ引き上げる。


 まずはこの女を籠絡する。


 俺の、“死”の虜にする。


 その布石を既に打ってある。


 後は少しずつ彼女の心に入り込むだけ。


 ガウルは真剣に、しかし、どこが楽しそうに俺の話を聞いている。


 彼女のフサフサの尻尾が右に左にと揺れている。


 俺がこの狼を女にする。


 恋とは時間が証明していくもの。


 時間が価値を持たせるもの。


 それが真理だ。


 俺は笑った。

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